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6. 父の影



「解散総選挙かあ」
 ある日の早朝、仕事前に新聞を広げた広樹がそう呟いた。目の前のソファには鷹緒がおり、コーヒーを飲みながら今日の撮影のプラン表を見つめている。
「そうらしいな」
「急だよな。みんなにも投票する時間あげないと……ああ、年末の忙しい時期なのに」
 そう言った広樹に、鷹緒は苦笑した。
「おまえ、そういう行事はちゃんと社員にやらせるよな」
「当たり前だろ。忙しいって言っても、会社のせいで投票出来ないとか言われる企業にはなりたくない」
「へえ」
「……おまえはちゃんと行ってるんだろうな」
「投票? 行ってるし行くよ」
 そう言いながら、鷹緒は資料を揃えて広樹を見つめる。広樹が何か物言いたげな様子なので、鷹緒は眉をひそめて微笑んだ。
「何か言いたげだな」
「……べつにそんなことはないけど」
「そう? じゃあそろそろ行くよ」
「ああ……今日は撮影だっけ?」
「それと打ち合わせ。途中の移動時間ないから、電車で行く」
「了解」
「行ってきます」
 立ち上がる鷹緒の顔が、一瞬曇っているのが広樹にも見えた。
 鷹緒はそのまま会社を出て行くと、駅前が騒がしいのが分かり、派手なのぼり旗を見て露骨に嫌な顔をする。
「諸星政司でございます」
 そんな声が聞こえ、鷹緒は思わず顔を上げた。まさか本人がいるとは思わなかったのだが、聞こえてくるのは紛れもなく自分の父親の声である。
「サイアク……」
 軽く舌打ちをしながらも、駅へ向かわないわけにもいかず、信号待ちの横断歩道から、ぼんやりと少し離れた場所にいる街宣車を見つめた。車の上には父親がマイクを握って立っているのが見える。
 長い間連絡も取っていない父親は、顔を見るのも声を聞くのも久しぶりで、実の親という実感さえ湧かなくなっている。それでも久々に見たその姿は、自分の知る父親でないほど年老い、痩せてしまっていることに、自分もまた年を取ったのだと感じた。
「鷹緒!」
 その時、そんな声で現実に引き戻され、鷹緒は横を見た。するとそこには広樹がいる。
「ヒロ……?」
 目の前の広樹は少し必死な表情を見せ、まるで引き留めるかのように鷹緒の腕を掴んだ。
「あ……僕も出るから、車で送るよ」
 出だしの様子が、まるでとっさの言い訳に聞こえ、鷹緒は苦笑した。
「そうか……このシーズン、毎回おまえにそんな気遣いさせてたのか」
「違うよ。ただ、駅前でこれやってるのは知ってたから……」
 一瞬の沈黙にも、鷹緒の父親の声が響いており、鷹緒は軽く溜息をつきながら笑う。
「悪かったな。でももう子供じゃねえし、余計な気遣い無用」
 苦笑する鷹緒に、広樹は軽く顔を顰めた。
「じゃあそんな顔すんなよ」
 そう言われて、鷹緒は目を見開いた。
「……どんな顔?」
「全然変わってないよ、おまえ。あの時と同じ……無表情を装って、なんか内に秘めてるって感じ」
 広樹の言葉に、鷹緒は力なく笑った。
「そうか。自分ではわかんねえや……俺もまだガキってことだな」
「鷹緒……」
「でも大丈夫だよ。そろそろ行かないと遅れるし、駅に行かないわけにもいかない……心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫だから、これからは変な気遣いすんなよ。じゃあな!」
 そう言い残して、鷹緒は人でごった返した駅へと向かっていった。この人ごみの中では、父親に見つけられる心配も、自分がわざわざ父親を捜す必要もない。
 残された広樹は、人ごみに紛れた鷹緒の背中を見て、顔を顰めた。

 その夜。仕事を終えて事務所に戻ってきた鷹緒の携帯電話に、沙織から連絡が入った。
「おう。タイミングいいじゃん」
『ホント? こっちは今、撮影終わって……』
「俺は事務所にいて、そろそろ帰ろうと思ってたところ。会う?」
『うん! もうすぐ駅だから、すぐ行けるよ』
「じゃあ直接、駐車場に向かって。すぐ行く」
『わかった』
 鷹緒は電話を切ると、目の前にあるパソコンの電源を切り、帰り支度をして会社を出ていった。
 会社近くに契約している駐車場に行くと、すでに沙織の姿があった。沙織は駐車場の壁を見つめ、難しい顔をしている。
「沙織」
 鷹緒が呼ぶと、沙織が笑顔で振り向いた。
「鷹緒さん」
「早いな。待ったか?」
「ううん。今来たところ」
 そう言う沙織を見ながら、鷹緒の目にも駐車場の壁が映った。そこには選挙用の掲示板があり、鷹緒の父親の顔もある。
「……行こうか」
 何も触れずにそう言った鷹緒に、沙織もまた微笑みながら無言で頷き、二人は車へと乗り込んだ。
「……私、鷹緒さんのお父さんに投票しようかな」
 無言のままの車内で、沙織が思い切ってそう言ってみた。
「は? なんでおまえが……って、そうか。おまえの住んでる選挙区だったな」
「私、選挙って初めてなんだ。会ってないって言っても鷹緒さんのお父さんなんだし、私の親戚でもあるんだし」
「やめとけ。おまえが投票しなくても、あの人は当選するから。大体、あの人の政策がおまえの考えに同調するとは思えないけど? あの人、バリバリのタカ派だぞ」
「よくわかんない……」
「わかんないなら尚更、あの人はやめとけ」
 不機嫌なまでに微笑みもしない鷹緒の横顔を見つめ、沙織は委縮するように俯いた。
「鷹緒さんは……お父さんに投票したことないの?」
「……選挙区違うし」
「あ、そっか」
「でも……俺も一番初めに投票する時は、あの人に入れたよ」
「そうなんだ?」
 それを聞いて、沙織は少し安心した。鷹緒にも、父親への情というものがあるのだとわかったからだ。しかし鷹緒の顔は険しいままである。
「でもあの人いつも圧勝だし、俺も同調出来ないからそれ以来やめたし、人に勧められもしない」
「そう、なんだ……」
「おまえも成人なんだから、ちゃんと見極めて自分がいいと思う人に投票すればいいんだよ。これに関しては、恋人も夫婦もないだろ」
「……そんなもの?」
「少なくとも俺はそう」
「……うん。わかった」
 終始重苦しい雰囲気に、沙織は別の話題を探す。その間に鷹緒が口を開いた。
「おまえ、夕飯は?」
「あ、まだだよ。変な時間にお昼食べちゃったから、あんまり空いてないけど……」
「俺もあんまり空いてないから、なんか軽く食べられるとこでも行こうか」
「うん、任せる」
 いつもの様子に戻った鷹緒に安心し、沙織は微笑む。しかし鷹緒の顔はまだ晴れていないようだった。

 次の日。休みだった沙織は、鷹緒に事務所で待っているように言われ、定時を過ぎて人が少なくなった事務所へと顔を出した。
「お、沙織ちゃん。いらっしゃい」
 出迎えたのは広樹である。広樹は社内の真ん中にある大きなテーブルの前に座り、たくさんの資料を並べている。
「こんばんは……ヒロさんだけですか?」
「みんな出払ってるんだよ。年末に向けてちょっと忙しい時期だしね。まあ、もうすぐピークは越えるはずなんだけど、こうして社長自ら事務所番と資料整理」
「大変ですね。何かお手伝い出来ることがあればやりますよ」
「ありがとう。じゃあコーヒー入れてくれる?」
「そんなんでいいんですか? すぐに入れますね」
 沙織は微笑んで給湯室へ向かい、コーヒーを入れて広樹に渡した。
「ありがとう。鷹緒待ち?」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音