FLASH BACK
「それに、二人の気持ちが本物ならば、我々は何も言わないし、何を言っても離れられないだろう。でも結婚となると別だ。おまえは離婚もしてるんだし、付き合い始めて即結婚だなんて、我々も考えてしまうのは、おまえにだってわかってるんじゃないのか?」
「わかってます……本当、結婚っていうのは俺ももっと先の話と考えていて……式場の下見は、それこそデートコースにいいかななんて思った程度で、こんなこと伯父さんたちに言うべきことじゃなかったし、軽率だったと思う。でも結婚を前提にと言うくらい、真剣な付き合いということに変わりはないよ」
はっきりと言った鷹緒に、祖父は優しく微笑んだ。
「そうか。ならいいんだ」
「お父さん!」
祖父は許しても、祖母の怒りは収まらないようで、鋭く鷹緒を睨みつける。
「まあいいじゃないか。二人はもう大人なんだし、我々がこれ以上言うことじゃない」
「私は鷹緒のことは大事だし可愛いけれども、沙織ちゃんはそれより大事な孫なのよ? なんだか申し訳なくって……」
「ひどい言われようだな……」
「ヘラヘラしてるんじゃないの!」
まるで本当の母親のように叱りつける祖母に、鷹緒はなんだか嬉しそうに笑う。
「沙織にも言ったけど……伯母さんたちが反対するなら、結婚のことはもっとよく考え直す」
その言葉に、逆上した祖母も目を見開いた。
「……本当?」
「伯母さんは、俺の母親代わりだから……だから伯母さんがそう言うならやめるよ。でも伯父さんが言うように、沙織ももう大人だし、付き合うのまでやめろっていうのは聞けない。両親の了承は得てるんだから。な、沙織?」
そう言って隣を見ると、涙を溜めて俯く沙織の横顔が鷹緒に見えた。
「ごめんなさい……でもおばあちゃんにも、ちゃんと認めてもらいたかった……」
「……沙織」
「ごめんなさい。ちょっと、トイレ行ってくるね……」
立ち上がりながら、沙織は足早に去っていった。
残された三人は、途端に沈黙になる。やがて鷹緒が口を開いた。
「……ごめん。そうやって反対されるのはわかってたけど……俺もいろいろ考えたし、未だに戸惑うこともあるし、申し訳なくも思ってる」
「だったら……もっとちゃんと考えなさいよ。沙織ちゃんには未来があるのよ?」
「わかってるって。でも……そんなこと言わないで。俺だって必死なんだよ。沙織の将来考えたらとか思うと、俺はいつでも引いちゃうから……でもその度に沙織は真っ直ぐにぶつかってきて……もう泣かせたくないんだ。それに俺ももう、自分の気持ちに嘘つきたくない」
鷹緒の本音に、祖父母は顔を見合わせる。
「鷹緒……本当に、真剣なんだな?」
「うん。でも本当、結婚はすぐという話じゃないから安心してほしい。何年かかるかわからないけど、もっとちゃんと付き合って、それでも一緒にいたいと思ったら、もう一度来るよ」
「そうはいっても、あなたももう若くないんだし……」
その言葉に、鷹緒は苦笑する。
「俺は二度目だから、いくらでも待てるよ」
「もう、あなたったら……たまに訪ねてきたと思ったら、こんな重大なことで……」
「ごめんなさい……」
「……ここはあなたの家で、私はあなたの母親代わり。それはこれからも変わらないんだから、気兼ねなくいつでもいらっしゃい。交際は許すから。沙織ちゃんを絶対大切にするのよ」
最後に言った祖母の言葉に、鷹緒は微笑んだ。そんな優しく明るい笑顔は、祖父母にとっても久々に見る。
「もう。沙織ちゃんのおかげね。いい顔しちゃって」
そう言われて、鷹緒は照れるように苦笑した。
そこに沙織が顔を出す。和気藹々としている場は、さっきまでの張りつめた雰囲気はない。
「……許してくれたの? おばあちゃん」
「そうねえ……二人が真剣だっていうなら、しばらく様子を見ましょう。でも沙織ちゃん。鷹緒に何かされたら、いつでもおばあちゃんに言いなさい。おばあちゃんがやっつけてあげるから」
いつも通りの孫一番の祖母に、沙織も安心して部屋に戻る。
「うん!」
「本当にひどい言い草だよね……俺のこと、可愛い甥っ子だと思ってるとばかり……」
「可愛い甥でも、孫と比べたら雲泥の差よ」
「あははは」
その日、鷹緒と沙織は温かい気持ちで祖父母の家を去った。
「やっぱり……結婚はまだまだ先のことだよね」
歩きながら沙織が言う。
「……いいのか?」
沙織のことを考えて進めていたため、鷹緒が静かに尋ねる。
「うん。私だって、絶対今すぐじゃなきゃ嫌ってわけじゃなかったし……確かにまだ付き合って間もないし、親に挨拶したばっかりだし、まだまだこれからだよね」
返事の代わりに、鷹緒は沙織の肩を抱き寄せた。
「焦らせちゃってごめんね……でも式場見るのは楽しかったから、また行こうね」
「ああ。どうせまた、聡子さんとも会うだろうしな」
「うん」
昨日今日で、お互いに一歩も二歩も近付けた気がしていた。そして沙織は、その度に大人になるように違った顔を見せる。
「焦らず、ゆっくりね……」
沙織の言葉に、鷹緒は空を見上げて微笑む。
「ありがとう。おまえがいてくれて助かった……」
「……おばあちゃんに会うの、久々だったから?」
「まあね」
「おじいちゃんもおばあちゃんも、鷹緒さんと会えて嬉しそうだったね。もっと帰ってあげればよかったのに」
祖父母の前の鷹緒はまるで不器用な子供のようで、そんな鷹緒を見られたことが、沙織には嬉しさもあった。
「うーん。でも行くと甘えちゃうから……」
「え?」
「俺はいつも、追い込まれてたほうがいいんだ」
意味深な言葉に、沙織は首を傾げる。
「……もっと楽に生きればいいのに」
それを聞いて、鷹緒は笑う。
「今は大丈夫だよ。ほとんどずっと一人だったからさ……立ち止まってたら、自分が嫌になってた。でも今は沙織がいるから、立ち止まっても大丈夫だよ」
「うん、大丈夫。ずっとそばにいるからね」
その言葉が優しく沁みて、鷹緒は沙織を抱き寄せながら、その髪を撫でる。
結婚という文字はまだずいぶん先の話だろうが、沙織の両親にも祖父母にも話せて、肩の荷が下りた気がする。そして一歩前進したと感じて、二人の心は軽くなっていた。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音