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4. Age13



 これが一種の不幸話かどうかはわからないけど、間違いなく俺「諸星鷹緒の死にたくなるくらいヤバイ時期のひとつ」で、俺にとってはただ辛い思い出なのに、たまに思い返す時がある。今日は思い返すついでに、語っておこうか……。
 あの時の俺はまだ中学一年生の子供で、悲しみと怒りの果てに迎えた反抗期というものも手伝って、抱える悩み以上に、理由もなくただ世の中の何もかもに苛立ち、ましてや自分の存在価値なんて見い出せもせず、怖いものもなく、でもいつも何かに怯え、狂い、ただここじゃない何処かに行けるなら、何をしてもいいと思っていた――。

 去年、母が病気で死んだ。父はいつも忙しい人だったから、俺は母と二人暮らし気分でずっときていたので、今更父と二人きりになるのは照れくさくもあり、また父と二人で出直さなければという、俺なりの責任感というか気遣いというか、そんなものを子供心に父へ向けていた。
 だけど父が連れてきたのは“新しい母親”だった。しかももうすでに、その人のお腹の中には父の子供までいるという。
 その時の俺の心情を説明するとすれば、なんだろう――。怒りというよりは、空しいほうが先に来ていた。父に反抗や拒否をするわけでもなく、拒否したところで覆るわけもないことを知っており、ただそれを無言で受け入れる形で、心だけが異常なまでの拒否反応を示す。
 そしてあまりにショックな出来事で、俺は精一杯の反抗で、家を飛び出すことしか出来なかった。行き場もなく、連れ戻されることもわかりきっているのに、それでも俺はここじゃない何処かに行きたかった。

 夏休み明けの繁華街、俺は学校にも行かず、ただふらふらと夢遊病者のように街を彷徨っていた。
 べつに父も忙しく、新しい母親もほとんど実家にいるようで、誰も家にはいないのだけど、でもやっぱり死んだ母との思い出深い家ということもあり、またそれが他人に侵食される嫌悪感もありで、いろんな意味で家にいたくなかったから、学校という逃げ場のない夏休み中は本当に居場所がなくて、夏休み中は父に頼み込んで、アメリカにいる父の妹のところへホームステイをし、帰ってからは友達の家やゲームセンターなど、朝から晩までいろんなところに逃げ込んでいた。そしてそれが明けても学校に行く気にもなれず、夏休み気分でそのままを過ごしていた。
「鷹緒君!」
 そんなある日、夜の街で補導されたが、迎えに来たのは父ではなかった。
 それもわかりきっていた。政治家という無駄に有名な父本人が迎えに来るなど、相当なパフォーマンスを用意していなければあり得ない。
 迎えに来たのは、父の親友であり秘書でもある、真壁さんという男性だ。俺も小さい頃から世話になっているため、もちろん面識はあるし、迎えに来てもらってバツが悪いというのもある。
「よかった。無事だったんだね……すみません。この子の父親は忙しくて、秘書の私が……」
「いいんですよ。こちらも諸星先生の息子さんと知って驚きました。ただ夜の街を歩いていただけで補導なんて、こちらも申し訳ないんですが、一応決まりでして……」
 先生? 何も知らない警官まで、あの人をそう呼ぶのか。逆に恐縮までしている警官の態度に、政治家というものはなんと便利な肩書なんだろうと思うと、途端に笑えてきて、俺はクスクスと笑みを零した。
「さあ鷹緒君。帰ろう」
 狂ったように笑い出した俺を隠すようにして、真壁さんはそう言うと、俺を連れて足早に交番を出ていった。
「困るよ、鷹緒君……補導されたと聞いて、お父さんも大変心配してらしたよ」
「じゃあなんで、あの人は来ないの?」
 皮肉に笑って見上げた俺の肩を、真壁さんが苦しそうに掴んだ。
「いつからだ……?」
 必死な形相の真壁さんに、俺は首を傾げる。
「え?」
「いつからそんな悲しい笑い方を……」
 心から心配してくれる様子の真壁さんに、俺は溜息交じりに目を伏せた。
 この人は何も悪くないのに、俺や父の尻拭いをさせていることが申し訳なく思うと、少し泣けてきた。でも俺の心はもはや鉄壁で、それ以上は誰の心も受け入れようとはしない。
「真壁さんは……どうしてあの人の秘書なんかしてるの?」
 歩き出した俺は、ずっと聞きたかったことを聞いてみた。
 大学時代からの友人だと聞いているが、この人は少しの光も浴びず、ただあんな父の影となって今日まで支えてきた人物である。
「あの人だなんて……君は政司(せいじ)を誤解してるんだ。お母さんを失くして辛いとは思うけど、政司だって君のことを思ってるし、今日だって本当に心配をしてたんだよ?」
 やっぱり俺の気持ちなど、誰も理解してくれないんだと思った。母を失くして辛いとは思うけど、俺がこんなに苛立っているのはそのことじゃない。いや今は、苛立ちというよりは、ただ何もかもが空しい――。
「こいつ……人様にそれだけ迷惑かければ気が済むんだ!」
 近くのコインパーキングで待っていた父は、俺を見るなり殴りつけた。
 俺は無言のまま父を睨みつける。この人と何を話しても無駄だということを、俺はもう知っている。
「なんだ、その目つきは……学校にも行ってないそうだな。どれだけ俺に恥をかかせれば気が済むんだ!」
 背を向けようとした俺の腕を掴む父に、俺は渾身の力を込めて振りほどいた。
「離せよ!」
 まだ声変わり途中で、情けないくらいの俺の声が響く。
 そして力ではまだ敵わず、俺は途端に車に押し込められた。運転席にはすでに真壁さんが乗っており、すかさず車を走らせる。
「今日という今日は許さないぞ、鷹緒。おまえというやつは、どこまで腐ってるんだ! 夏休み中はアメリカにも行かせてやったし、新しいお母さんだって早く馴染もうとしてるのに、気を使って実家にいる。みんなおまえのためを思って、おまえの好きにさせてやってるだろ! そんなことじゃ、天国のお母さんだって心配してるはずだ。新しいお母さんも妊娠中で辛い時期だというのに、余計な心配を……」
「政司。そこらへんでやめておけよ。鷹緒君だって、難しい年頃なんだし……」
 そんな二人の会話を、俺はなんの悪気もなく聞き流していた。ただ流れる景色のどこかに溶け込みたくて、いつ車から飛び降りようかなんて、そんなことばかり考えている。
 何度も話し合おうと思った。でも父は政治家特有というか、わけのわからない信念や威厳を持ち合わせており、結果的に話を頑なに曲げない。
 それに新しい母がすでに妊娠しているというのは事実なのだから、たとえ俺が嫌だと言ったところでどうしようもないし、もしも家を出たいと言ったところで、未成年ということで父は俺を手放そうともしない。八方塞がりで、俺の考えなど少しも受け入れられないことはわかっていた。
「……泰子(やすこ)おばさんのところに行きたい」
 俺はそう言った。泰子おばさんというのは、先日まで世話になっていたアメリカに住んでいる父の妹のことだ。気晴らしと語学勉強を兼ねて、夏休み中ならと珍しく父が許してくれたものだが、今の俺にとってはまるで天国のような場所で、久々に楽しかった。俺が悩んでいることを知って、一緒に住んでもいいとまで言ってくれている。
「駄目だ」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音