超短編小説 108物語集(継続中)
「Hi, honey !」
高見沢がドーナツ2個と紙コップのコーヒーをレジに置いた。その瞬間、間髪入れずに声が掛かってきた。それに未だ眠気が残る声で怠(だる)そうに返す。
「Morning, Maam」
体重100キロはあるだろうか、おばちゃんはレジ越しに、それに応えてニコッと笑ってくれた。多分その意味は、今日からの一週間、あんたも頑張りなさいよ、という激励かも知れない。
いやまったくその通りだ。事実、昨日の日曜日は誰とも話していない。そんな孤独な休日を、メランコリーな気持ち一杯で乗り越えて、新たな月曜日の朝を迎えた。そして週一番に交わす会話、それは――「Hi, honey !」/「Morning, Maam」。
単純なものだが、週初めのこのお決まりの挨拶、正直これで一週間頑張ってみるかと、高見沢は気持ちを切り替えることができた。
アメリカ・ケンタッキーでの単身赴任、三度目の冬を迎えていた。身体の芯まで凍える極寒の時節だ。外へは出られず、ただただダダッ広い借り上げアパートで、一人何もすることもなく日曜日を過ごさなければならない。
だが、この状況は気が狂うほど寂しいということではなく、とにかくやるせないのだ。
もし家族と一緒ならば、アメリカでの生活はきっと楽しいものだろう。だがアメリカでのチョンガー暮らし、いわゆるアメチョンは地獄だ。
レストランでの一人食事、周りは家族客ばかり、その中でぽつりと一人。しかもメイン・ディッシュは威厳を持たせてなかなか出てこない。新聞でも読もうかと広げると、雰囲気を壊すなと鋭い視線が突き刺さってくる。
「ああ、日本の赤提灯が恋しいよ」
こんな嘆きを何度呟いたことだろうか。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊