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超短編小説  108物語集(継続中)

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 角蔵が這い登ってきた山中に登り窯がある。一本の白煙が立ち昇ってるが、それはすぐに辺りを包む霞みへと同化して行く。当然太陽光は届かず、薄暗い。角蔵は不気味で少しビビったが、朽ち掛けた陶芸工房の門を叩いた。すると長い白髭に杖をついた山爺(やまじじい)と、やけに皺の多い山姥(やまんば)が現れ出て来た。

 角蔵の背筋に冷たいものが走る。だが踏ん張って自己紹介を終える。
 これに二頭の妖怪、いや山爺と山姥がニニと笑い、「人は金銭欲、性欲、食欲、睡眠欲、名誉欲の五欲に翻弄されながら生きている。手前どもはその苦しみからの解放、と言えば烏滸(おこ)がましいが、もっと具体的に、一つだけだが、その強欲を実現させてやろう。それは心願成就の壺、身辺に置けば必ずその欲は叶う。さっ、ここに目録がある。お前はどの欲壺が欲しいのだ?」と紙を渡された。そこには以下の秘宝の壺が紹介されてあった。

 一攫千金の壺 … 宝くじに当たりたいと祈る者向け
 物見遊山の壺 … 死ぬまでに世界一周したいと思う輩向き
 容顔美麗の壺 … 美人になりたいと必死な娘さん向き
 美酒佳肴の壺 … グルメ通向け、など

 角蔵は目を通したが、自分の願いはこの一覧にない。「私は小説を書きたい、そんな他愛もない欲望の成就ですが」と要望すると、山爺は「それは珍しい欲だが、ならば、心のままにスイスイと筆が進む『秘宝・意到筆随(いとうひつずい)の壺』、これは如何かな?」と古びた壺を角蔵に差し出してきた。

 角蔵は藁にもすがる思いで、一欲貫徹山に登ってきた。何が何でも書けない病から決別したい。あとは山姥に「ボーヤ、筋書きバッチシ、文章スラスラよ」と後押しされ、大枚三万円で売買成立となった次第である。