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超短編小説  108物語集(継続中)

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 二人の最後の思い出にと、夏の終わりに椋太郎と沙梨は高台へと昇ってきた。そこからは、神が碧い空からぽとりと落としたリング、そんな光る湖が望める。

「あら、綺麗!」
 沙梨は声を上げ、柵から身を乗り出し、それを掴み取ろうとする。
「あっ、危ない!」
 椋太郎は後から抱え込む。
「大丈夫よ」
 沙梨が腕を払う。この強がりはいつものことだ、しかし、瞳は潤んでる。

 高校時代から育んできた恋、もう十年以上の歳月が流れた。そして今、椋太郎は仕事で海外へと飛び立とうとしている。一方沙梨は老舗和菓子屋の一人娘、この地から離れられない。当然この別れが…。
 こんな宿命を背負ってしまった二人、だが充分に大人だ。
「私、田舎から、椋太郎を応援してるから」
「日本一の和菓子を作る、その夢に向かって頑張れよ」
 まったく物わかりが良い会話だ。しかし、それを封じ込めるように、背後からヒグラシの声が…、カナカナカナ。
「もうすぐ秋ね」

 この呟きの一瞬に、白い帽子に纏わる黒髪がサラサラと流れる。湖からの涼風、沙梨は濡れた頬をそれに晒し、訊く。
「この風は何色かしら?」
 椋太郎は真意がわからない。それでもこれは沙梨の心奥の叫びでもあると感じ、真摯に思考する。しばらくの沈黙、その後椋太郎は一筋の松葉を木から抜き取り、くるりと輪にする。

「風の色はエバーグリーンだよ。さっき沙梨は手を伸ばし、湖を掴もうとしていただろう、さっ、手を広げて」
 沙梨は何ごとかと驚くが、それでも言われるままに手の平を差し出す。そこへ椋太郎は「風が沙梨に届けてくれたよ」とポトリと落としたのだ、エバーグリーンのエンゲージ・リングを。

 こうして二人は純愛を卒業し、永久の愛へと旅立つこととなった。