超短編小説 108物語集(継続中)
そんな私、凛太郎と申しますが、最近皮肉な事態に巻き込まれてしまいました。というのも、私は菓子メーカーに勤めてまして、部署は営業企画部です。そしてそれは、いよいよ年末商戦に向けて新企画をスタートさせなければならない頃のことでした。おでこがフライパン風のテカテカ部長がスタッフの前でぶったのです。
「2月14日はバレンタインデー、しかし、菓子メーカーとしては、それだけじゃ物足りない。その前の12月に、先取りキャンペーンに打って出よう。皆の衆、いい提案をしてくんろ!」と。
なんで最後訛るんだよと思いながらもこっちは滅私奉公の身。とりあえず御意と大声で返しました。だけど、提言次第ではボーナスがドカーンと…、上がるわけないですが、何かないかと私はド真剣に沈思黙考。そんな時に、同僚のスッポン野郎、倉井月男から手が上がったのです。
「部長、12月14日をグッバイデーにしましょ。その日に、お別れチョコを渡せば、恨みっこなしで縁切りできると宣伝し、一儲け致しましょう」
なぬ、お別れチョコ? そんなの誰も欲しくないよ、と私が反論しかけた時です、お局の、後ろ姿だけが美しい否哉(いやや)御前が「チョコ一粒で、年末までに嫌な縁が切れて、清々しい新年が迎えられる、喜ばしいことだわ。実は私もね、渡したい人がいるの、ねっ、ブッ・チョー・オ」と睨み付けてるじゃありませんか。
こんなおぞましい事態に、部長のおでこはテカテカと輝きを増し、結果お局と不適切な関係にあるとかなりの確度で推察できました。だけど、そんなことはどうでもよいことで、要は、ライバルの倉井月男発案のお別れチョコ、これが不採用になることを祈るばかりでした。
されども、あに図らんや弟知らずや、お別れチョコ企画は尻馬大好きな社長の耳へと届き、不幸にも採用され、それからです、社運をかけたグッバイデー・キャンペーンが始まってしまったのです。
そして私たちスタッフも、お別れチョコの店頭販売にかり出されました。それにしても世の中、縁切りを望む人はたくさんいるものなんですね。12月14日は大忙しで、疲労困憊で帰宅しました。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊