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超短編小説  108物語集(継続中)

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 杉村幸夫、これこそ今の押木貴史の元の正体だ。
 だが、なぜこんなことに?
 山深い村で育った杉村幸夫、意外に勉強はそこそこでき、大学へと進学した。入学後はバイトに忙しい学生生活だった。それでも一人の友人がいた。それが押木貴史だった。

 その押木貴史も同じような境遇で育ち、その上に背格好も顔付きもよく似ていた。まるで瓜二つ。だが貴史はいつもポジティブで、成績は優ばかりだった。夢は社長になることといつも話していた。そんな輝いた貴史を、就職活動の合間を縫って、幸夫は気晴らしにと、父も母も他界してしまった実家へと招いた。
 干からびた下宿生活に比べ、そこには豊かな山の幸がある。それを肴に二人は酒を酌み交わし、押木貴史は夢の実現を誓った。そして何も決めていない杉村幸夫はそれにエールを送った。そんな一夜が明け、二人は上流にある滝を見ようと沢登りに出掛けた。

 幸夫にとっては慣れたコース。だが貴史はまるで己の夢を実現して行くかのように、岩から岩へと飛び移り、崖をよじ登った。そしてあと少し前進すれば神秘な滝の淵へと辿り着ける。
 そんな時だった、あっ! 押木貴史が谷底へと落下したのだ。

 幸夫は急いで貴史のもとへと下りて行った。しかし、貴史は岩で頭を強打したのだろう、血は吹き出し、絶命寸前だった。そんないまわの際に、貴史は幸夫の手を握り、確かに告げた、「俺になって、夢を実現させてくれ」と。

 この言葉は重い。幸夫は遺体のそばで一晩悩み抜いた。そして夜が明けてきた頃に、幸夫は遺体を川岸の草むらに葬り、同時に自分の無能な魂を捨てた。そして押木貴史として山を下って行ったのだった。

 その後、杉村幸夫は貴史の下宿で寝起きを始め、貴史として最終面接に臨み、採用の内定を受けた。このようにして幸夫は押木貴史のサラリーマン人生へと踏み出した。されどこれは不法なこと、だが幸夫は自分の誘いで友人の夢を奪ってしまった、この自責の念でとにかく仕事に励んだ。