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超短編小説  108物語集(継続中)

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 それでも幸吉は生きて行かなければならない。元々こんな山深い温泉宿を訪ねて来る者はそういない。だが幸吉は思い出した、父は奇妙奇天烈なプランを組んでいたと。それは一編の詩を綴った客には滞在費を半額にするというものだった。幸吉は少年時代その真意を尋ねてみたことがある。その時父は、地獄の閻魔大王への御機嫌伺いだよ、と笑っていた。

 幸吉は今もってその意味がわからない。だが、とりあえずそのプランを踏襲してみた。すると半額に魅せられてなのか、詩を壁に飾るだけで客は次第に増え、繁盛し始めた。
 こうなれば町に残してきた愛花と結婚したい。

 そんなある日のことだった、愛花が母と一緒に泊まりに来ることになった。もちろん最高のおもてなしをしなければならない。幸吉は胸を高鳴らせてその日を待った。

「この山峡の地に、ようこそ」
 幸吉が歓迎の言葉で迎えると、目の前で愛花の母が宿帳に名を記した、〈夕月〉と。
「えっ?!」 卒倒するかと思うほど身の震えを覚えた幸吉、ここはなんとか心を落ち着かせ、夕食後部屋を訪ねた。
「お母さんですよね。過去のこと、恨んでいませんから、すべて聞かせてください」
 こう切り出した幸吉に、年老いた夕月は「お前には辛い思いをさせてしまったね」と頭を下げ、ポツリポツリと語り始めたのだった。


 幸吉と妹の幸子は、きっと閻魔さんが現世へと差し戻したのだろうね。川が増水した日に、二人は泥濘んだ川岸に捨てられてたのだよ。私は不憫でね、お父さんに頼んで、身元不明のままで養子にした。だけどまだ子育ての経験がなかったから、幸子を死なせてしまったわ。このままじゃ、お前も不幸になるのじゃないかと不安になってね、そんな時にお父さんが教えてくれたの、地獄の閻魔さんの御機嫌を取れば良いと。

 それは今の暮らしに対し、この世で最も不幸な詩を書き、それを閻魔大王に捧げ、あとは実行する。そうすれば大王は喜び、それ以降の不幸には目を瞑ってくれる。これで幸子の死以上の不幸は起こらず、幸吉はすくすく育ってくれる、ってね。だから、その時一番不幸な、妻と宿泊客詩人との逃避行を決行したのだよ。
 だけど奇妙な縁だね、詩人との間に娘が出来て、その恋人が幸吉だとは……。


 この語りで幸吉は、母は俺のために逃げたのか、と謎が解けた。しかし、気持ちは複雑だ。そんな幸吉に夕月が、愛花を幸せにしてやってね、と手を握り締めてきた。