超短編小説 108物語集(継続中)
あっという間に一年が過ぎた。
窓際に置いたささや木に朝夕の水やりを欠かさなかった。そのお陰で背丈は天井まで届き、枝は思い切り張りだし、六畳一間が葉っぱで埋まってしまった。
何も囁かない……、ささや木、正直、邪魔だ!
さてさて、これからどう始末したら良いのだろうか?
ほとほと困り果てた福夫、堪らず非常連絡先にある幸に電話した。すると意外に、まっかせなさ〜い、と軽かった。
昨年と同じような暑い夜に、アパートを訪ねてくれた幸は、あら、ごっつうならはって、となぜか都言葉で第一声を発し、灯りをポンと消しはりました。あとは、さっ、囁きを聞きましょ、と福夫に四の五の言わせない。
それに負けて、福夫は真っ暗闇の中で、ささや木が漏らすであろう囁きをじっと待っている。
時の流れがまどろっこしい。だが横には幸が。福夫の胸が高鳴る。思わず幸の肩をそっと引き寄せてみた。幸は拒まず、身体を擦り寄せてきた。明らかに二人に恋心が芽生えたのだ。
そんな時だった、幸は木に星が舞い降りて来たわと告げ、さらりと植木の背後に回った。その一瞬キラキラキラと葉っぱが輝いたように福夫には見えた。
それからだった、「山野に、戻りたいわ」と。
その囁きの主は――、木か、それとも幸か?
福夫には判別がつかない。それでも確かに聞こえた。
その夜からだ、福夫はプロジェクトをスタートさせた。つまり、ささや木を山野に返してやろうと。しかも福夫も付き添って、いや、幸も連れてということなのだ。
幸いにも福夫の故郷は山野が広がる地。
「俺、都会の仕事を辞めて、田舎に帰ろうと思うんだ。というのも、このささや木を、幸と一緒に、もっと大きく育てたいんだよ」
こんなプロポーズに、幸がコクリと頷いてくれた。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊