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超短編小説  108物語集(継続中)

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 しかし、それは犬ではない。また猫でもない。福夫は不思議で、さらに目を懲らして確認してみると、鉢に植わった苗木のようだ。
 すなわち夏の夜に、若い女が苗木を抱え、そろそろねって……、なんじゃ、これ!
 換言すれば、彼女が直面している――そろそろねの事態とは、一体何なのだろうか?

 うーん、方程式を解くより難しく、答えが見つからない。
 福夫はついに辛抱しきれず、「どうかされましたか?」と女性に伺った。これに女は特段の反応を示さず、「この木はね、夜にキラキラと光るんだよ」とピント外れなことを宣われた。
「はあっ?」
 福夫の脳は焼きそば状態に。要は脳内血管が複雑に絡み合ってしまったのだ。

 だが、このまま放置すれば、今宵は眠れないだろう。そこで「何と言う木なの?」とピンポイントに問い直した。すると女は目鼻立ちの整った顔を上げ、シャープに言い放ったのだ。
「ささやきよ!」

 えっ、ささやきって?
〈囁き〉でなく――、〈ささや木〉ってこと?

 福夫はいきなり猫パンチを喰らったように、目の前がくらくらと……、失神しそうな心持ちに。一方女の方はフフフと、ふわりこんと微笑んでやがる。
 その後は一段とトーンを上げて、「人生て、よく迷うでしょ。この木はね、そろそろという時に、キラキラッと光って、どうしたら良いか、勝手に囁いてくれるのよ」と。
 こんな女の講釈に、ここは男の度量が必須。ホッホーと大袈裟に、合点承知の助的なリアクションをかました。

 しかし、女はずるいもの。「私、幸って言うの、このささや木、育ててくれない」と、好タイミングでの、いわゆる強要。されどもここで断れば男が廃る。まさに一発回答で、OKと。
 ここまでは丸っきり行き掛かり上のこと。だが福夫はちょっぴり幸せ気分となり、苗木を持ち帰ったのだった。