超短編小説 108物語集(継続中)
独身の陸が可移羅志(かいらし)という風変わりな名を持つこの女に出逢ったのは、一年前の夜だった。
神のお導きなのか、それともオフィスラブ禁止への抵抗なのか、その後二人は屋上デートを重ねた。されども陸は公務員、自制が働いたのだろう、女が働く部署さえしばらく訊かずにいた。
しかし、可移羅志のことをもっと知りたい。そこで軽く、何階にいるのと尋ねた。すると可移羅志は――713階、ナイミツよ、と。
このビルは40階そこそこの高層だ。それにも増して桁外れのナイミツの713階とは……、陸は二の句が継げなかった。
それから一週間、可移羅志は姿を見せない。嘘か真かわからないが、陸はナイミツに行ってみようと一人エレベーターに乗り込んだ。もちろん『713』のボタンなどはない。だがカラクリがありそうだ。脳みそを絞り、そしてハタと気付いた。要は閉ボタンをシフトキーとして使い、7、1、3と押せばよいのだ。
それを実行すると、驚くことなかれ、エレベーターはスムーズに上昇して行くではないか。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊