超短編小説 108物語集(継続中)
この終の棲家には目覚まし時計がない。
そう、自然の摂理に従って朝となり、凛太郎はやおら目を覚ました。
だからと言って、夜更かし大好きな麻伊を、早起きは三文の徳だからと言って起こしてはならない。これが夫婦の掟となっている。破れば確実にシニア離婚、惨めなことになる。
凛太郎はするりとベッドから抜け出して、一階へと。ここからは毎朝の、まずはゴミ出し。されども外はザアザア降り。ここは事態を鑑みて、先日コンビニで購入した偽高級600円傘をかざし、ルーチン遂行。そして戻ってきて、薄いトーストをカリカリに焼いて、レタスとハムを挟んで齧り付く。そこからマグカップを手にして、9時にはパソコンに向かう。そしてネット取り引きの株式画面へと。
ドカーン!
朝一番からいきなりの日経平均300円の下げ。落雷より恐い大暴落。
地震、暴落、火事、女房――まさに現代四大恐怖の一つだ。
それにしてもこの株式大波乱、かって人殺しは太陽のせいとうそぶいたヤツがいた。ならば、株暴落は豪雨のせいかよと頭に血を上らせた凛太郎、気に食わないオヤジ・コメンテーターの朝番に、ハズミでTVスイッチ・オン。
すると、昨夜の雨で交通は完全にマヒ状態。午後にはもっと激しい雨が降ると伝えてる。
さらにトーンを上げて、近場の古いダムが貯水能力を超えつつあるため、水門を全開し、放流しないとダムが崩壊する、と。しかし、これを実行すれば、下流地域は洪水となる。このように視聴者の恐怖心を目一杯煽ってくる。
「一体どないせぇ、チューねん!」
朝っぱらからテレビに向かって叫んでしまった凛太郎、だが事実として、交通マヒにダム決壊の危機、その上に株はだだ下がりの悪いことばかり。激しい雨って、何か良いことはないのかよ、と加齢とともに朽ち行く脳でそれなりに探してみた。
そして、あった!
一つは、雨の夜はよく眠れること。他に、そうだ、植木に水をやる必要がない。
ブラボー! と自画自賛するが、いずれにしても一大事を前にして気楽な発想だ。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊