超短編小説 108物語集(継続中)
「祐輔、お父さんの死に目に会わしてやることができなくって、ゴメンなさいね」
葬儀が終わっても、母は涙を流した。
「お母さん、良いんだよ。絶望一飲一啄という茶碗をもらってるから」
私はこれがどういう意味なのかわからない。それでも母を慰めた。
しかし母は父の思いを理解していた。
「あの陶器は……、お父さんの曜変天目茶碗(ようへんてんもくちゃわん)だよ。一千年もの間、誰も作り得なかった焼き物、それを作るんだと、退職してから焼き続けてきたの。だけど、成し遂げられなかったわ。随分と落ち込んだ時もあったようだけど、絶望を一飲一啄しながら、あの人は慎ましく生き抜いたんだよ。その証があの最後の作品なの」
そう言えば、父は第二の人生を陶芸に捧げていた。それにしても曜変天目茶碗の制作に、第二の人生をかけていたとは? 私は驚いた。
曜変天目と冠する茶碗、この世に三つしかない。覗き込めば、漆黒の地に大小の斑文が散らばり、見る角度により藍から虹色へとメタリックに輝きを変化させる。それはまるで、小さな器の中に大宇宙を閉じ込めたようなもの。
老い行く父は、いろいろな釉薬を使い、焼き温度を変え、無限であろう試行錯誤を繰り返した。思いは、星々をたった10センチの茶碗の底に煌めかせたい、そのためだけに。
こんなロマンを追い続けた父、だが夢は叶わなかった。
それでも父は──それは絶望への道だったかも知れない。だからと言って、後悔しているかと言うと、そうでもない。むしろ達成できなかった自分が愛おしい──と私に告げた。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊