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超短編小説  108物語集(継続中)

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 背の高い樫の木の下に、朽ちかけたベンチがある。そこにちょっと妖艶な、三十歳前の女性が腰掛けてる。
 颯太は──なぜ、いつもこの場所に? と奇々怪々な心持ちに。

 身なりは白いブラウスにデニムジーンズ。
 そして黒髪が吹き来る風に時折逆立ち、まるで風の妖精のようなお嬢さんがぽつりとベンチに座り、流れ行く雲を眺めている。独身の颯太、当然こんな女性を放っておけない。驚かさないようにそろりと近付いて行く。

「いつもここに座ってられますよね」
 女は颯太を見知っていたのだろう、特に驚く風もなく、澄んだ声で「そうよ、待ってますのよ」と返してきた。そして烏の濡れ羽色の髪をさらりとかき上げた。当然颯太の目に、白くて湿った二の腕がちらつき、うっと息を飲む。その後、女は手を前へと突き出し、いかにも退屈そうに言う。
「待ちくたびれわ。だから、早く来て欲しいの」と。

 こんな女の色香にゾクゾクと、されども、ただ今ジョギング中。颯太は女への好み心を横へと押しやって、ここは冷静に……、だが興味津々に直球を投げる。
「誰をですか?」

 これに女は斜め三十度に首を傾げた。それからニコリと笑い──「それが、誰だかわからないのですよ」と。
 ええ、そんな摩訶不思議なことを!
 颯太はポカンと、口が閉まらない。だが女は男の驚きに無関心。「その人は風に乗ってやって来るような気がして。勤めも辞めて、毎日ここで待ってますのよ」と、いかにも自慢げに話す。
 颯太はこの美しい女性に「逢えるといいですね」と希望を伝えたが、内心待たれてるヤツに嫉妬し、拳を握りしめた。

 されどもだ、──風に乗ってやって来る人って、ひょっとすると、俺のことかも、と厚かましい考えが脳裏を過ぎる。