超短編小説 108物語集(継続中)
しかし、榊原は怯(ひる)まなかった。
「実は私、ちょっと好きな娘(こ)がいたのですが、その娘いわく、ある日突然、数字の『5』が私の前から消えてしまったと。そのせいで、5円玉までもがなくなってしまったとか。その上にですよ、その娘がある時言ったんですよ、私との『ご縁』までデリートされたわって。とどのつまり、その娘とはそれっ切りとなってしまって……、ホント、欠落数字って、恐いんですよね」
太一郎はこんなオヤジギャグ含みのバカ話しに開いた口が塞がらない。その結果なのか、安物の赤ワインを口からポタポタと、じゅんじゅんと焼き上がりつつあるカルビの上に零してしまったのだ。
こんな珍奇この上ない会話を思い出した太一郎、「ひょっとすると、今の俺の状態って……、数字『3』の欠落ってことかな」と、どことなく納得できてきた。
それにしてもこれは大変なことだ。1年周期で変わって行く欠番、この宇宙の掟に従って、これからの1年間――『3』という数字が俺の目の前から消えてなくなってしまうのだから。
作品名:超短編小説 108物語集(継続中) 作家名:鮎風 遊