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超短編小説  108物語集(継続中)

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「洋介さん、夜明けのコーヒーよ。いかが?」
 こう勧められた洋介、コーヒーカップをつまみ、一口口にする。
「厚子さん、これ、ちょっと濃すぎるんじゃない?」
 ブラックが好みの洋介だったが、思わずその苦さに顔を歪めた。

「そうよ、新たな時を刻むスタートには、その苦さが過去を吹っ切らせてくれるのよ」
 こう言い切った厚子、ゆるりとコーヒーカップを口に運ぶ。
 カーテンの隙間から射し込む朝の光が、その仕草を射止める。厚子がシルエットとなり浮き上がった。そして見たのだ、洋介は――。
 濃いコーヒーを飲む女を。

 その瞬間、洋介は直感した。きっとこの女と生きて行くことになるだろうと。そして予感通りに、二人は結婚した。
 一緒に暮らし始め、洋介はさらに実感する。厚子は、濃いコーヒーに思いを入れるように、いつも何かにこだわっていると。
 まず最初にこだわったもの、それは洋介の服装だった。嫁さんをもらうと身綺麗になるもんだなあ、と同僚からよく冷やかされた。

 その後、娘と息子が産まれた。厚子は子育てに心血を注いだ。お陰で子供たちはすくすくと育ち、社会人として巣立って行った。
 厚子が家庭をしっかり守ってくれたため、洋介は仕事に没頭できたし、また50代後半にはそこそこの役職にも就けた。正直洋介は感謝している。
 しかし、先は読めないものだ。この調子なら無事会社勤めに終止符が打てると思っていた。

 だが30年の真珠婚を祝った後のことだった。
「ねえ、あなた、私の役目も終わったでしょ。郷に戻って、一人で暮らすわ」
「えっ、離婚したいってこと?」
「違うわ、仮想離婚よ」
 こんな会話のあと、厚子は家を出て行った。

 それから早いものだ。5年の月日が流れた。
 そんなある日、一枚の招待状が手元に届いた。それは厚子のボタニカルアートの個展。そのカードをよく見ると、コーヒーの白い花が描かれてある。
「厚子の新たなこだわりは、これだったのか。コーヒーまで絵にしてしまって……」
 今まで気づかなかった妻を知り驚いた。しかし嬉しくもあった。