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メンバー1 ビビリよ、グッバイ
 居酒屋でぼくはその人に会った。
 その日、ぼくはひとりだった。翌日が休みだったので、カウンターでビールを飲みながらゆっくりしていた。ボックス席には大勢の人がいる。
 40代くらいのその人はひとつおいた隣の席に座っていた。ぼくが来たときにはもうすでにそこにいた。静かな雰囲気の人だった。食べるのも飲むのもすごくゆったりしていて静かだ。
 ふたりの間の席に置いてあったその人のカバンが落ちて、ぼくが拾ったのをきっかけに、その人がぼくに話しかけてきた。最初はとりとめのない話だったけれど、いつの間にか隣同士になってビールを片手にかなり長い間喋っていた。その人は輸入会社を経営していて、外国生活の経験もあった。
 話の中で、ぼくが富士山の麓の町の出身であることがわかると、えっ、そうだったの?と言ったまましばらく黙ってしまった。そしてその人はいきなり「あなたは近いうちに帰省する予定はあります?」なんてぼくに聞いてきた。
 「ええ、まあ。お盆にはいつも帰っていますから」
とぼくが答えると、その人はぼくの方に向き直ってから言った。
 「大変図々しいお願いであることはわかっています。でも、今度あなたが帰省したとき、ある人に手紙を届けていただくことはできませんか。実は住所も、図書館のすぐ近所という以外わからないし、何とも突然で申し訳ありませんが」
 「はあ・・・」
 初対面の人からのお願い、というだけでぼくの胸はもうワサワサしていた。ぼくはビビリ屋だから急に何か変わったことを言われるとすぐ不安になる。何か事件に巻き込まれないだろうか、とか。
 「これって何かのドッキリですか?」
 「ほんとうですね、ドッキリさせてしまって・・・あなたのふるさと、ぼくの知り合いの女の人のふるさとでもあるんです。多分彼女はここに住んでいると思いますが、4年経っているからもしかするといないかもしれません。曖昧なことばかりですみません」
 ほんとに突然だし曖昧だ。
 「その人に手紙を?もしそこにいなかったら?」
 「それはそれでいいんです。ギャンブルみたいなもの、というか、どうか気を悪くしないでください。もしそこにいなかったら、それは、この手紙は届く必要がない、ということなんだと思うんです」
 ぼくの頭は混乱した。この人の話をまともに聞いていいのだろうか。ぼくを巻き込んでギャンブルだなんて・・・この男の人は冗談なのか本気なのか。
 「あなたはどっちを本当は望んでいるんですか?」
 「ぼくが今こうして幸せでいられるのは彼女のお陰なんです。だから彼女にそれを伝えたくて・・・実は、この頃彼女のことを毎日思い出していましてね。だからここであなたに会ったことがぼくにはドッキリだし、偶然とは思えないんです。手紙が届くのがいいのか、届かなくてもいいのか、何とも言えないんですけれど、ぼくはただ感謝を伝えたいんです」
 「彼女がもしその手紙を受け取ったとしたら絶対喜びますか?」
 「少なくとも不快にはならないと思います」
 まだ釈然としない。
 「もし届かなかったら、彼女にはあなたの手紙は必要なかった、ということなんですね?」
 「おそらく。ぼくは思いついたことをするって、きっと深い意味があると思うんです。もっともこれを引き受けてくれるあなたがいないと成り立たない話で・・・ほんとうに勝手言ってごめんなさい」
 実に唐突だ。この人はぼくに会って、ぼくと同郷の女の人にここで手紙を書いて渡してもらおうと考えた。その女の人には感謝の気持ちを伝えたいと毎日願っていた。ところが結果はどちらに転んでもいいとも思っている。そんなことにぼくを巻き込むなんて、と少しむっとしながら聞いた。
 「思いつきってそんなに大切ですか」
 「あなたはどう思いますか?」
 「ぼくは失敗したくないんですよ。だからイヤになるほど考えますね」
 「ぼくもそういうタイプでした。でも今は思いついたことはとりあえずやってみていますね」
 「失敗したら?」
 「今回はだめだったか、と言って素直に受け止めます」
 「考え抜いて失敗したら諦められるけど、考えずに失敗したらすごく後悔しますね、ぼくは。それに、成り行きに任せればいちばんいい方向にいく、って思っているみたいですけれど、どうしてそう思えるんですか?」
 「4年前に何もかもうまくいかなくなって、やっとのことで自分の会社を始めたんです。思いついたことを素直にやるようになってからうまくいってる気がするんですよ。今は周りの人にすごく恵まれて・・・ありがたいです」
とその人は答えた。
 ぼくは成り行きに任せたことはないと思う。恐怖心が人よりずっと強いかもしれない、と子どもの頃から感じてきた。ぼくは石橋を叩いて、また叩いて、それで、やーめた!といって引き返すことも多い。
 「ぼくは今ふたりの架け橋になるかならないかのところにいるんですよね?荷が重いですよ。ぼくじゃないとだめなんですね?」
 「たぶん。でも今は説明できないです。しばらくたつとわかるような気がしますけれど・・・だめ、ですか?」
 丁寧な言い方ではあった。ぼくは地元の図書館の周辺を思い出してみた。高校時代よく通ったところだ。ぼくの実家のすぐ近所ではないけれど、どの辺りかは知っている。
 こんなことを引き受けてしまっていいのか判断できないけれど、とりあえず引き受けてみる方に傾いた。男の人の雰囲気に巻き込まれたのか、どこかおもしろそうと感じたのか、ぼくにもわからない。
 「もし家を探し出せなくてもそれでいいんですよね?」
とぼくは念を押した。面倒なトラブルはいやだった。
 「はい」
 「それから、あの、法律に触れるようなことじゃないですよね」
 「ハハハ。大丈夫です」
 「それなら、いいですよ」
とぼくが言うと、その人は、ありがとう、と言って、カバンの中からレポート用紙とペンを出して何か書いた。そして紙を四つ折りにすると、その上に女の人の名前を書いた。
 ぼくはその紙を四つ折りのまま受け取った。
 その人はもう一度かばんの中を覗くと、ぼくの前にCDと1枚の宝くじを置いた。
 「CDは海外に行ったときぼくが気に入って買ってきたもので、宝くじは1万円が当たっています。ハハ、これ、本当です。3枚しか買わなかったのにね。ぼくだって当たるのは珍しい。今日お金に換えようと思っていましたけれど時間がなくて・・・それだって不思議といえば不思議です。もしこの手紙が渡せなくても全然気にしないでいいです。これは今日ぼくのギャンブルを引き受けてくれたお礼だから」
 手紙を届けるくらいで1万円、というのも怪しいけれど、この際気にしないことにした。
 「手紙のこと、届いたかどうかお知らせしなくてもいいですね」
 「はい。届けられなかったら捨ててください。気持ちよく引き受けてくれて本当にありがとう。こころから感謝しています」
と男の人はぼくに静かに深く頭を下げた。
 ぼくは素直にCDと宝くじをもらうことにした。
作品名:リ・メンバー 作家名:草木緑