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天使は誰も救わない

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   * * *

 次に目を開けた時、私は微かな違和感に包まれた。
「よォしこのあたりだ」
 隣で足音。見るとジーンズのポケットがあった。そこからどんどん見上げると、金色の襟足と、もっと上に空色の目があった。背中に翼はない。更にもっと上、天使の輪はここからじゃ見えない。そう、ここからじゃ。
「ちょ、……なにこれ!」
 自ら着ている幼小中高大院とエスカレーター式の学園の紺色の園服を見て叫ぶ、私の声は若干高めだった。微妙にしゃべり辛い。
「テン!」
「……テン?」
「あんたのよびなよ! てんしのテン!」
「……呼び名、ねぇ……」
「わるい? なまえないんでしょ?」
 安直と笑われるかと身構えるも、テンの反応は私の想像したどちらでもなかった。
「悪く、ない」
 目が細くなって頬が上がった。笑ったのだ。初めて見る天使の笑みに、私は幼稚園児になった理由を聞くのを忘れて見惚れてしまった。
「いつも、オイだとかチビだとか赤子とか……言われてたからな。うん、テンか。安直だけどいいな」
 若いらしい天使が満足そうに頷いた。
「……テンってなんさい?」
「歳か? お前たちの数え方でえーっと、あれだ。半世紀とちょっとしか経ってない」
「はんせいきっ!」
 って五十歳! こんな少年な顔して五十歳! と驚いてみるも、五十年なんて確かに赤ん坊同然かもしれない。天界の住人の寿命なんて知らないけど。「天使のテン」なんて安直な名前に喜ぶ天使に、ちょっと同情してちょっと可愛いなと思った。
「で、テン」
「おぅ」
 チューリップ型の名札が黄色だからたんぽぽ組、ということは年長組の五歳。向こうに三分咲きの桜が連なるのは、多分実家の近くの児童公園。ここは、約十年前の家の近所。とりあえず天使なんて助けた覚えは全くない。
「ここもきおくのなかなの?」
 今までは私の入浴中の記憶の中を飛び出した、天界だった。でもテンが天使の姿ではなく人間ぶっている様子を見ると、さっきと状況は違うのかと思えたのだ。
「いや、現実。そのちっさい体も現実。記憶だけ十年分プラスされてる」
「ふぅん……このようちえんじだいの、このあたりで、わたしはてんしをたすけたの?」
 テンが頷く。
「ただ、姿はわからねぇ。この周辺から気配がぼんやり感じられるだけだ」
「なにそれ」
「だから探せって言ったんだ」
 でもその天使を見つけ出したところで、生き返るわけでもなし。あまり気乗りしない。
「……そういえば、テン」
 死んだの死んでないのとは騒ぎはしたものの、肝心なことを聞いてなかった。
「わたしのしいんってなに?」
「んー……」
 癖なのか右手が髪を掻こうとして、人間界のカムフラージュらしい帽子に阻まれた。
「飛び降り」
 例えばどっちに進もうかじゃあ左、というような軽いノリで、まだよく思い出せていない記憶、最期の記憶を教えるにはまるで合わない口調で、私の死因は告げられた。嘘をついても何の得もない、天使の口から。
「……とびおり?」
「そ。まだその最期の記憶は見てねぇが、三途の川の鬼からはそう聞いてる」
 眩暈がした。
 飛び降り? まさか。ぐるぐる考えると、いじめなんかもなく友達にも恵まれ成績もまあまあ、エスカレーター式とはいえ高校の合格も決まった冬の記憶が蘇ってきた。そんな、春への希望に満ち溢れていたあの時期に飛び降り自殺? 肝心な飛び降りたシーンは思い出せない、だからこそ信じたくなくて、体だけ幼稚園児に逆戻りした私は両手を握った。
「……あれ?」
 コツンと異物を感じたもみじを開く。右手から出てきたのは、石のついた銀色の指輪。
「なにこれ……?」
「何って、お前ずっと持ってたじゃねーか」
「え、えぇっ?」
 ずっとって、裸の胸を隠したり、袖のホックを留め外ししてたのに? どうして今まで気付かなかったんだろう。
「死んでもずっと持ってたんだから大事なモンなんだろうけど」
「……、」
「忘れるぐらいだし大した思いはなさそうだな」
「……これ!」
 テンが無責任に発言する間も脳をフル回転して導き出した答えは、怖いぐらい大事なものだったという記憶。私の死の原因にもなった程の。
「みっちゃんのこんやくゆびわ……!」
「はあ?」
 岡田美千代、十歳上の私の従姉妹。それを理解した瞬間、私の脳裏でぶわっと記憶が一気に走りよぎっていく。

『……もうやめる』
『そんな、もうちょっと話し合ってみようよ、みっちゃん!』
『……いいのよ、さやちゃん。二年よ、二年。圭吾はもうそんな気ないの……』
『違う、きっと圭吾さんも何か考えが……!』
『もう、……こんなもの!』
『あっ!』

「……っ!」
 近所のマンションに住んでいた、従姉妹のみっちゃん。歳は離れていたけれど、一人っ子の私はよく遊んでもらっていた。制服を始め洋服やおもちゃもよくもらって、私にとって姉代わりでもあり、歳の離れた友人でもあった。初恋相手へのバレンタインチョコの作り方を教えてくれたのもみっちゃんだったし、年上の女性の恋話はいつ聞いてもドキドキした。そのみっちゃんが婚約したのが二年前。私はみっちゃんのご両親と同じくらい喜んだ。憧れの女性の結婚。その響きに更に憧れた。
 なのにまだ結婚の様子がなかった。私の両親も噂していた、婚約破棄の可能性。十五の中学生には二十五の女性の悩みは重すぎて、想像できなかった。
 そしてあの日。卒業式へのカウントダウンも始まった、学校帰りに寄った日、思いつめた表情でみっちゃんは、左薬指からそれを抜き取り。窓の、外へ。
「投げたんだし、いらないんじゃねーの?」
「そんなわけないじゃん!」
 私の小さな右手を介して、私の最期を一緒に見たテンに私は激昂する。
 閃く銀の指輪を追って、みっちゃんが止める間もなく私はマンション四階から、そう、……飛び降りたのだ。
 宙に浮く無重力の感覚、そこから地球に引っ張られていく恐ろしさが全身に蘇り、私はぎゅっと小さな体をもっと小さくさせた。
 指輪を追いかけ、もし掴むことが出来たとして、そのあと私はどうする気だったんだろう。ベランダの柵に掴まる? バカな。この世界は小説でも漫画でもない。そうだ、昔から言われてた、「考えなし」って。
 なんてバカなんだろう。だから冥界から変な天使に捕まって裸見られて幼稚園児にされて、大事な人の大事な物持って来て、死んだり、するんだ。
「……どうしよう、持って来ちゃった……!」
 項垂れると、制帽越しに小突かれた。
「……何の拍子か知らないけど持って来ちまったもんはしょうがねぇ」
「テン……」
「件の天使様探したら、完全に死ぬ前、……天国逝く前に、ちょっと元の時代寄らせてもらえ。印残すぐらいお人好しっぽいし、指輪置いてくるくらいやってくれンだろ」
 な、と空が私を映す。半泣きになった目を擦って、頷いた。
「……さァて」
 この時代の私が行く場所といったら実家、幼稚園、みっちゃんち、そして児童公園ということになり、とりあえず来てみたわけだけど。
「……いる?」
「気配は強くなった」
作品名:天使は誰も救わない 作家名:斎賀彬子