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瑠璃 深月
瑠璃 深月
novelistID. 41971
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夜の木

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 そして、地面を覆いつくすように、倒れた人の体がたくさん残っていました。小指一つ動かさない、呼吸もしていない、灰色の服を着た白い顔の若い人間がたくさん、そこに、
 ……そこに、死んでいました。
 僕は急に恐ろしくなって、声を上げました。叫んで、目を開けようとすると、誰かに前から目をふさがれてしまいました。大きな手で力強く、その手は僕を振り切らずにしっかりと僕の目を閉じていました。
「よくあることだ。しっかりと見ろ。これが人間の『業』が現れた一番分かりやすい例だ」
「例?」
「戦争だ」
「せんそう?」
「そうだ。これは戦争でやりあった人間の骸が、葬られないまま放置された、戦争の直後の、捨てられた町だ。こんな場所でも、人は生き、そして死ぬ一瞬前まで誰かの大切な人であり、誰かを深く愛していた。今、見せてやる」
 聞きなれた声が、僕の頭の中で響いたと思うと、町のどこからか、人が一人、現れました。僕に近づいてくるその人は、何日か前、僕をここに連れてきてくれた、あの、大きな人でした。あの時のように優しそうではなく、厳しい顔つきをしていました。
 彼は、町で一番多くの人が死んでいるところに立って、一言、こう言いました。
「もう耐えなくていい」
 すると、打ち捨てられた骸の上にいくつもの「もの」が、浮き出てきました。まるで遺体の上に浮いているかのように、それらはたくさん、たくさん出てきました。
 たくさんの「もの」は、いろいろなものがありました。
 家族の写真、手紙、お酒の瓶や、たまに歌が聞こえてきたこともありました。
 それは、この戦場で死んだ人たちが大切にしていたものや、死んだ人たちに託された想いでした。恋人の写真、手紙と一緒に封筒に入っていた、生まれたばかりの赤ちゃんの写真、お母さんから、寒くないようにと送られてきた手編みのセーター、友達から送られてきた故郷のお酒。
「どうして?」
 僕は、胸の中に湧き上がってくる感情が抑えきれなくなってきました。
「どうして死んでいるの? 殺し合いをしたの? それくらい、相手が憎かったの?」
「そうかもしれない、でも、そうとも言えない。顔も知らない相手を簡単に憎めるはずはない。誰だってそうだ。でも、彼らは殺しあわなければならなかった」
「どうして? こんなにいい物をたくさん持っているのに!」
「戦場で出会った敵の頭にこんなものが浮いていたら、まずは手に持った銃を撃てないだろうな。だから殺せるんだ」
「え?」
「戦争は、感情と感情のぶつかりあいではない。たとえ憎らしくなくても、何の恨みもなくても、相手が自分と敵対する国や民族に属している人間だったら、殺さなければならない。戦場では一人でも多くの敵を自分の目の前から消していかないと、殺していかないと、自分が危ない。だから、生き残るために人を殺すんだ。なのに、今殺そうという人間が、自分の尊敬できるような人間だと知ったらどうなる? 相手は容赦なく自分に銃口を向けてくる。しかし、知ってしまった彼は、人間が本来持ちうる『愛情』という感情が芽生えてしまい、銃口を向けられなくなる。だから何も考えない。何かを考えながら戦おうとすれば確実に撃たれる。そんな世界だ。相手が人間だという、そんなことすら忘れてしまわなければ生き残れない」
作品名:夜の木 作家名:瑠璃 深月