夜の木
「大地、木々?」
「はい。私たちは何億年も昔から、固い絆で結ばれてきました。兄弟のように、時には友達のように思ったこともあります。それがいつしか愛に変わり、私たちの意識は溶け合って、やがて夫婦となりました。夫である地球は今も、全力で私を守ってくれているのですよ。だから、あなたも安心なさい。私を、この星、地球を信じて、あなたのなすべきことをしてください」
「わかりました」
女神様は苦しみながら一生懸命に話してくれている。
僕は、そんな女神様をこれ以上苦しめたくなくて、質問するのをやめました。
正直な気持ち、僕は、不安でたまりませんでした。女神様でさえも自由にならなくて、心を閉ざしてしまった大樹を、僕なんかが元に戻せるのだろうかと。
でも、やるといったからにはやらなきゃいけない。それは僕がここにいる理由だし、僕にしかできないことだったから。僕にしかできないのだったら、やれるのは僕以外にいなかったから。
僕は、女神様に礼をいい、ありったけの勇気を振り絞って目の前に聳え立っている大樹と向き合いました。すると、女神様は再び眠りにつきました。
「はじめまして」
大きな声で、僕は大樹に呼びかけました。心の中でも、いつもほかの皆にやるように何度も何度も呼びかけてみました。でも、大樹からは何の返事も返ってきません。むしろ、僕の言葉も心の声も、みんな大樹には届かなくて、届く前に消えてしまっているような感覚を覚えて、僕は一気に寂しくなりました。
やっぱり、月の女神様の言ったととおり、木は何も答えずに沈黙していたんだ。僕たち地上の生き物を信じられなくなって、ついには女神様にさえ心を閉ざしてしまったんだ。
そんな大樹に、ぼくはどうやって「皆が本当に思っているいいこと」を伝えたらいいんだろう。僕には何の力もない。植物と話ができるだけ。こんな大きな木の前に突っ立って何もできない僕は、とても情けなくて、ちっぽけに思えました。
「無力でちっぽけだって、そんなこと、誰が君に言ったんだい」
ぼくが落ち込んでいると、どこからか声がしました。
「誰だい」
「誰って、うう~ん、いい質問だよ。僕は泉の精さ。君の事はようく見えるよ。君が今考えていることも何もかも。このきれいな泉には全部映し出されちゃうんだからね」
森の広場をあちこちと移動しながら、声は続けました。
「君に力を貸してあげるよ。ぼくも、この『夜の大樹』のじいさんがだんまりを決め込んじゃってからはすごく困っていたんだ。僕の大好きな月の女神様も、業の草原で毒にあたっちゃっただろ。僕も君も女神様を助けたい。目的は一緒だ。どうだい、まず、僕のいる泉においでよ。この木の脇から湧き出ているよ。泉の周りをこのじいさんの根っこが大事に守っているからすぐ分かる。さあ、おいで」