夜の木
「女神様」
僕は、女神様の傍に行って、呼んでみました。
すると、女神様は瞳を開けて、木の幹に寝たまま僕に微笑みかけてくれました。
優しい微笑でした。でも、よく見ると苦しそうです。
「ずっと、この世界と話をしていました」
美しい女神様は、そう話して僕に握手を求めてきました。
苦しそうな女神様の手をしっかりと握り返すと、その暖かさに僕は何故か涙が出てきました。女神様は美しくて、優しくて、お母さんのように僕をやんわりと包んでくれたのです。月の女神様の光はとても暖かい光でした。
「少年よ、あなたがここに来てくれることを、私は知っていました。大地をめぐる意識を通して、あなたがここに来るまでのことも知りました。どうか、私の願いを聞いてくれますか?」
「女神様が、僕なんかに願い事ですか?」
「はい。私は、見てのとおり動けません。業の草原の毒を受けて、今にもその毒が全身に回って、再び目を覚ますことができなくなってしまうでしょう。だから、動けない私の代わりに、あなたにやってほしいことがあるのです」
「僕に? 女神様がこんな風になってしまっているのに、僕みたいな平凡な人間にできることがあるんでしょうか?」
「ありますよ」
女神様は、笑って言いました。
「地球の草や木、花たちとお話ができるあなたには、いろんな人間、いろんな生き物、いろんなものの気持ちが分かるはずです。それらが持っている本当の、本当の気持ちを、この大樹に教えてあげてほしいのです。今は、あなたが話しかけても何も答えてくれないでしょう。この木はずいぶん前から花を咲かすこともなく、実をつけることもなくなってしまったのです。それも、全て地上の生き物が空を見上げなくなったと、地上の生き物が「業」に溺れてしまって悪いことしか考えなくなってしまったとこの木が思い込んでしまったためなのです。だから、少しずつでいい。この木が再び地上を眺めたいと思えるようになるまで、地上のあらゆる『いいもの』を探して、この木に伝えてあげてほしいのです。それに、私の体にめぐっているこの毒も、この木の実を食べれば跡形もなく消えてしまうでしょう。時間はたくさんあります。あなたのやり方で、あなたらしく、この大樹とお話をしてみてください」
「それが僕にできること、ですか」
「そうです」
「でも、女神様、時間は本当にあるのでしょうか。女神様のお体は大丈夫なのですか」
「あなたの心配には及びません。毒がこれ以上回らないように、この大地や木々が私を守ってくれているのですから」