私を泣かせてください
「こんないい加減な企画が通るとでも思っているの? あなたの頭の中を一度、覗いてみたいわね!」
編集長、大田由美子の金切り声が、狭いフロアの中に響いた。重田幸三はただ頭を項垂れている。
由美子が書類をバサッと机の上に放った。綴じられていない書類は、乱雑に散らばる。幸三は下唇を噛みながら、それを見やった。
「これでも真剣に取材して、考えてきたってわけ?」
由美子が幸三を更に問い詰める。
「はい。一応は……」
「何よ、一応はって……。そんなだから、いつまで経っても一人前の仕事が任せられないのよ。あなたの記事はまったく読者の心を掴まないわ」
由美子の言葉はグサリグサリと幸三の心に突き刺さった。それは今日に始まったことではない。記事を書けば、必ず由美子からお咎めを受けるのだ。
「あのー、僕の記事のどこがいけないんでしょうか?」
「そんなの自分で考えなさい」
その由美子の返答も、またいつも通りなのだ。
「あなたはね、人生経験が薄っぺらいのよ。だから、薄っぺらな記事しか書けないのよ」
由美子のその言葉を聞いた途端、幸三はどん底へ叩き落されたような気がした。幸三は背中で同僚の記者たちのせせら笑う気配を感じていた。少なくとも、幸三にはそう感じられた。
幸三がこの出版社に入社して二年が経つ。雑誌担当の部署に配属され、記者としてはまだ駆け出しといったところだ。今年入社した水木隆という後輩も既にいたが、彼がまだ仕事が出来ず、由美子に怒られるのは致し方ないところである。幸三はそんな水木に何の指針も示せず、ただ頭ごなしに由美子に叱られることが情けなかったのである。
「もう一度、書き直します……」
そうは言ったものの、幸三に自信があったわけではもちろんない。そう言わざるを得なかっただけだ。幸三の肩に暗く重い荷物がドッサリと乗っかった。
「そうして頂戴。それと、一応それのフォーマットだけ貰っておくわ。社内メールで送って頂戴」
「はい……」
幸三は書類を無造作に手に取ると、自分の席に引き上げていった。
隣に座る水木だけが気の毒そうな視線を幸三に送っていた。だが、他の同僚は皆、自分の仕事に集中している。
幸三は「ふうっ」とため息をつくと、椅子に腰掛け、書類を放った。
「編集長、機嫌が悪いですね」
水木が小声で囁く。
「いつものことじゃんか」
「先輩、今夜飲みに行きません?」
編集長、大田由美子の金切り声が、狭いフロアの中に響いた。重田幸三はただ頭を項垂れている。
由美子が書類をバサッと机の上に放った。綴じられていない書類は、乱雑に散らばる。幸三は下唇を噛みながら、それを見やった。
「これでも真剣に取材して、考えてきたってわけ?」
由美子が幸三を更に問い詰める。
「はい。一応は……」
「何よ、一応はって……。そんなだから、いつまで経っても一人前の仕事が任せられないのよ。あなたの記事はまったく読者の心を掴まないわ」
由美子の言葉はグサリグサリと幸三の心に突き刺さった。それは今日に始まったことではない。記事を書けば、必ず由美子からお咎めを受けるのだ。
「あのー、僕の記事のどこがいけないんでしょうか?」
「そんなの自分で考えなさい」
その由美子の返答も、またいつも通りなのだ。
「あなたはね、人生経験が薄っぺらいのよ。だから、薄っぺらな記事しか書けないのよ」
由美子のその言葉を聞いた途端、幸三はどん底へ叩き落されたような気がした。幸三は背中で同僚の記者たちのせせら笑う気配を感じていた。少なくとも、幸三にはそう感じられた。
幸三がこの出版社に入社して二年が経つ。雑誌担当の部署に配属され、記者としてはまだ駆け出しといったところだ。今年入社した水木隆という後輩も既にいたが、彼がまだ仕事が出来ず、由美子に怒られるのは致し方ないところである。幸三はそんな水木に何の指針も示せず、ただ頭ごなしに由美子に叱られることが情けなかったのである。
「もう一度、書き直します……」
そうは言ったものの、幸三に自信があったわけではもちろんない。そう言わざるを得なかっただけだ。幸三の肩に暗く重い荷物がドッサリと乗っかった。
「そうして頂戴。それと、一応それのフォーマットだけ貰っておくわ。社内メールで送って頂戴」
「はい……」
幸三は書類を無造作に手に取ると、自分の席に引き上げていった。
隣に座る水木だけが気の毒そうな視線を幸三に送っていた。だが、他の同僚は皆、自分の仕事に集中している。
幸三は「ふうっ」とため息をつくと、椅子に腰掛け、書類を放った。
「編集長、機嫌が悪いですね」
水木が小声で囁く。
「いつものことじゃんか」
「先輩、今夜飲みに行きません?」
作品名:私を泣かせてください 作家名:栗原 峰幸