短編小説
ちゅうしようや
「なぁなぁ、俺とちゅうしようや。」
最近越してきた隣のあいつ。
小学生の癖におませなあいつ。
「お姉ちゃんね、今とっても忙しいのよ。」
にっこり笑顔でさりげなく威嚇。
大体どこでそんな事覚えてきたんだか。
「えぇやんか、別に減るもんちゃうし。」
言ってる事がおっさんなんですが……
「いつも一緒に遊んでるあの子とすればいいじゃない?
二人ならお似合いよ?」
とにかく早くどっかに行って欲しかった。
だって私…これからバイトだし……
「あいつとはそんなんちゃうよ。浮気やないから安心しぃ。
俺は姉ちゃん一筋や。」
「あ〜はいはい。」
自転車にまたがる私の後ろを、あいつはしっかり付いてきて
「どっか行くんけ?」
言いながら自転車の二台を掴むもんだから、無下にスピードを上げることが出来なくて困る。
「バイトに行くの。もう本当に遅れちゃうから離して
後で遊んであげるから。」
そう言うと素直に離してくれたので、そのまま出発した。
後ろから『絶対やで〜』という声が小さく聞こえた。
後でといっても私のバイト終わるの九時だし……
大人の社交辞令ってやつよね?
「疲れた〜。」
バイトを終えてクタクタになりながら、家に帰ってくる。
「遅かったやん。」
暗闇からした声に、驚いて私は目を凝らす。
私の家の前にちょこんと座っていたあいつ。
「こんな夜中になにしてんのよ?もう九時よ?」
「後で……言ぅたやん。」
その言葉に大きく肩を落とす。
屈託のない笑顔で、歩み寄ってくるあいつ。
「なぁなぁ、俺とちゅうしようや。」
数時間前と同じ台詞を、同じ様に言ってくる。
「はぁ……送ってくから帰ろう。お家の人心配してるよ。」
「ちゅうさしてくれたら帰る。」
駄々をこねる姿はやっぱり子供。
「いい?そういうのはね、本当に好きな人とするのよ?」
「ほならえぇやん。俺、ホンマに姉ちゃんの事好きやもん。」
あっけらかんと重大なことを言ってのけた。
もう……どうしてこんなに懐かれちゃったのか……
「一目ぼれやねん。」
そう言うあんたはエスパーですか?
「判った…判った……。」
「ちゅうさしてくれるん?」
あいつの笑顔がパァッと明るくなる。
「どおぞ。」
私はその場で目を瞑ってやる。
「……………。」
暫しの沈黙。
「どうしたの?ちゅうするんじゃなかったの?」
私は目を開けて、意地悪い顔で見てやる。
「しゃがんでくれな届かへんやん。」
悔しそうな顔で頬を膨らませたあいつに、私は笑いを堪えた。
「じゃぁしょうがないね〜、今日は諦めてもらうって事で。」
プイッとそっぽを向いて歩き出した私は、大人気ないでしょうか?
あいつはブツブツ文句を言いながら、私の後ろを付いてくる。
「はい。着きましたぁ。子供は早く帰って寝なさい。」
歩いて数メートル。
家に入っていくあいつを見送って、私は来た道を戻る。
「俺が大きなったら……姉ちゃんの身長に届くようになったら…ちゅうしてえぇんやな?」
少し涙目で言ってくる小学生なあいつ。
「そういう事ね。」
私は投げキッスをして、自転車に跨った。
ペダルを踏み込んだ私の耳に届いた
本日二度目の『絶対やで〜』に私は声を出して笑った。
大きくなって……
私の唇に届くようになって……
もしも今日と同じ台詞を言えるなら……
その時は…私も覚悟を決めましょう……(笑)
『なぁなぁ、俺とちゅうしようや。』
終わり