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林没霊園

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林没霊園


 朝の風が涼しくなったら、僕はこの町に秋が訪れたことを実感するのだ。
 教室の開け放たれた窓。そこから、僕はぼぅっと外を見つめる。まだまだ日差しは暑く、風も温い。朝夕と昼の寒暖差のせいでこの時期、僕は体調を崩しがちだ。
 教室の喧騒を背に、僕は秋空に思いをはせる。
「あいつ、また外を見てるぜ」
「友達いない奴って惨めだな」
 ――ほっといてくれ。僕は孤独を愛しているのだ。あんなレベルの低い奴らに合わせられるほど、僕のレベルは低くない。猟銃を持ったおじさんとスーパーな宇宙人が同じレベルの修行をできる筈がないのだ。
 と、彼ら下等生物に対して言霊を放っていたら、昼休みは十分も過ぎていた。飯を食う為に、僕は弁当袋を掴み、教室を出る。
 長い廊下を進み、消火器を横目に、人のいないところへと向かう。
 二つある部屋のうち、青いマークが掲げられている部屋に入る。部屋にはずらりと同じ形の器が並び、それらの奥には畳半畳ほどのスペースが二つほど備え付けられている。僕はその二つのスペースのうち、最も奥の方へと歩いてゆく。
 薄い壁で仕切られ、薄い扉で封された小部屋に僕は入る。そして、その小部屋の鍵を閉めると、半畳ほどしかないスペースのほぼ六割ほどを独占している椅子の形をした陶器に座る。
 ――これこそ、最も神聖な食事の摂り方。綺麗好きで高度な自己犠牲精神を持つとされる神様のいる場所である。そんな由緒正しい場所で摂る食事は、やはり神聖なものであると言えるだろう。
 その名も――便所飯だ。
 決して、決して友達がいないから、一緒にご飯を食べる友達がいないから、ここ、便所で食事を摂っている訳ではない。ただ孤独を愛するが故に、誰もいない場所を探していたらここに行き着いただけなのだ。
 そもそも、ここで食うからこそ、弁当は上手くなる。静かで、外からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。それがたとえカーカーと鳴いていようとも、それは鳥の鳴き声なのだ。決して横棒を一つ抜いてはいけない。抜いたらそれは鳥であって鳥ではない真っ黒な何かになってしまう。
「なんか食いもんの匂いがしねぇ?」
「気の所為だろ、気の所為。便所飯なんてネタじゃねぇの? 一緒に飯を食う奴がいないからって便所で飯を食う奴なんて流石にいねぇって」
 ……。
 非凡なモノは、平凡なモノに理解されないモノだ。

 一匹狼の僕は、帰宅も一人だ。
 夕方にもなると、朝と同じように涼しい秋風がアスファルトを撫でてゆく。
 ふと、ぼくはわきに目をやる。小さなビルとビルの間の小さな路地がそこにはあった。ひゅるひゅるとまるで呼吸するように、そのわき道に風が吸いこまれてゆく。空気の流れができているんだろうか。僕は風と共に吸いこまれるように、その路地へと潜り込んでゆく。
 しばらく歩くと、ビルは姿を消し、アスファルトはやがて畦道へと姿を変える。畦道をだらだらと道なりに歩いてゆくと、今にも木々の中に埋没しそうな隧道があった。紅葉した木々に囲まれた隧道の先は暗く、軽自動車が一台やっと通れる程度の広さだ。きっと車が通ることを前提にした道ではないのだろう。
 隧道を抜けると、周囲の雑木林とほぼ同化した霊園へと辿り着いた。こんなところがあったのか。好奇心に絆されるまま、僕はその霊園へと足を踏み入れる。
 人の気配はない。霊園は荒れ果てており、今では殆ど使われていないのが分かる。廃墟特有の空気だろうか、独特の雰囲気を持っている。その割に雑木林の紅葉が鮮やかに目を焼き付き、綯い交ぜとなったその光景と空気感とが強烈な違和感となりながらもその霊園の有り様を物語っている。
 木々に日光が遮られ、夕方という時刻も相成り薄暗い。じめじめとした空気が肌を撫でる。
 一つずつ、墓石を眺めてゆく。どれも手入れがされておらず、土埃に雑草だらけだ。そこかしこに枯葉が積み重なっており、それがこの墓所が見捨てられてからの歴史を物語っている。
「貴方、こんなところに何の用事?」
「ぅわぁぁっ!」
 人だ。人がいた。こんなところにも人っているんだな。
 しかも、滅茶苦茶可愛い。真っ黒な髪の毛は腰まで穏やかに流れ、ぱっちりと開いた瞳の上には形のよい眉が伸びている。桃色の唇に、真っ白な肌のコントラストが目を引きつけて已まない。
 不思議なのは、泥だらけのその姿だ。膝元には痣もあり、誰かと喧嘩をしていたように見える。
「……」
「ぅ、ぅう……」
 女の子はこちらをじぃと見つめる。女の子の瞳は僕と周りの風景を溶かして赤く燃えていて、その瞳に僕は『ドギマギ』してしまうのだ。
「貴方、私と同じなのね」
 同じって、何が同じなのだろうか?
「霊園とは聖域。墓石は人の営みを記憶する人の生きた証なのです」
 なんとなく理解する。人がそこにいたと後世の人間に知らせるのに、最も直接的な手段が墓石だ。墓石があるから、人が生きていたということが分かるのだ。
「だからこそ、人の訪れない霊園には何の価値もありません。ここはいつでも貴方を歓迎致します。気が向いたらどうぞ足を運んでやってください」
 そう言って、女の子は墓石と紅葉の先に消えてゆく。
 しばらくして、女の子の雰囲気に呑みこまれてしまっていたことに気付くのだった。

 そうして僕はしばらくの間、霊園のことを忘れる。そして思い出した頃にあの霊園を訪れ、女の子の姿を探す。
 霊園に客人は訪れない。ただ寂しく墓石が並んでいる。こんなに墓石が並んでいるのに、それぞれが寂しそうに身を寄せ合っている。
 僕はその墓石を一つ一つ眺めてゆく。真っ赤な林の中に広がる霊園は、まるで孤独と衰退の象徴であるように感じられた。
 今日は女の子が消えた藪の中に潜ってゆく。
 紅葉の隧道を進んでゆくと、盛り土が成されていた。この辺りは無縁仏なのだろう。卒塔婆が立ってるモノやそうでないモノが、あちこちに並んでいる。ふと、まだ土の新しい盛り土があった。その奥にはもう誰も客人が訪れなくなったのだろうか、墓石の群れが林の中に没しつつある。
 ――今日も空振りだった。

作品名:林没霊園 作家名:最中の中