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のいず

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それじゃ、それからの私の話を簡単にしていこう。
その後、動転した私はどうやら倒れてしまったらしい。気がついたのは、それから大分たってからだった。


目覚めた私は、とても心細くなり先程まで遊んでいた友人の一人に電話をかけた。もしかしたら友人の声も、と不安が身体を支配する前に友人の底抜けに明るい声が聴こえて、安堵のため息が漏れる。ただ、何があったかなんて、言えるわけもなく、間違いだと言って手短に話して切っておいた。
少し落ち着いてから部屋のテレビをつけると、深夜だからだろうか、知らないバラエティー番組がやっていた。
テレビから漏れる陽気な音。
一度も見た事が無いものだったが、何故だか親近感を覚えしまう。
どうしてか懐かしくなって。
やり切れない思いをどうしていいのか分からなくて、頭を抱えて、少し泣いた。

そして、気分とは逆に妙に冷めた頭の隅で冷静に理解していた。
これは事実だ。
半ば自分の心に言い聞かせるように、繰り返す。
これは事実なんだ。
私はテレビの音も、友人の声も、ちゃんと聴こえる。
そして、両親の声だけが聴こえない。
夢とか幻とかじゃなかったのは全部自分がわかっている。
いや、どれほど、そうであったらいいか。
今の私には、それを確かめに行く気力もないのだ。
当たり前だ。
その気力がないのも、夢じゃなかったと理解できるのも当たり前だ。
どんな子供でも、わかるはずの、覚えているはずの物が、今の私にはない。

そうだ、声だ。

今の私は記憶の中からさえも、両親の声を一切思い出す事ができない。
先ほどからずっと頭を抱えて、何度も、何度も。
覚えている風景を。
覚えている場面を。
覚えている会話を。
覚えている口癖を。
いっぱい、いっぱい、たくさん、たくさん思い出しているのだ。
それでも聞こえてくるのは、私と、友人、教師、動物、雑音。
それらのどこにも両親の声はないのだ。


それからの私が最初に決意した事。
この事は両親を含めだれにも相談しない。
これだった。
私が両親の声を聴く事も、思い出す事もできないのは、おそらく私自身に問題があると、私は自分自身を分析した。おそらく専門の精神病院などに行けば、長ったらしい名前を付けられ、薬を処方され、カウンセリングを受けて、徐々に治療されていく。
たぶんこれは正しい道なんだろう。多くの人がこれを選び、だからこそ正しいとされている。
でも、私には受け入れがたい道だ。
心の奥底で、何かの部分が、誰かに告げる事を禁じている。全く不思議な話だが、そもそも今起きている事だって、十二分に不思議な事なんだ。ならば、私は私のよくわからない部分の叫びも信じてあげようと思う。
そもそも、問題を大きくしたくない気持ちもある、この事が公になれば羞恥や、劣等感、優越感に同情、そのほかいろいろな気持ちが私の中も、私を取り巻く人間の中にもできるんだろう。想像に難しくないそれは、とても、良くない世界のような気がする。
それならば、静かに気付かれないように、自分一人で抱えてしまうほうが、何倍もましな気がするのだ。
声が聞けない、声が思い出せない。確かにそれは困る事ではあるが、ただそれだけ。ただそれだけなのである。
だから私は決意した。
人知れずこの事を一人で抱え生きてく事を。
そして、二度と両親の声が私の中へ入る事のない人生を受け入れる事を。
ただ、こんな事が起きたのに事務的に処理している自分が、なぜか少しだけ悲しかった。


あれから数年後になる今。幸いにも、或いは奇跡的に、そのことは誰にも知られる事はなかった。
そして、短大入学と共に心機一転の一人暮らしとして、地方からこの大都会へとやってきた。
もちろん、時折不安になる気持ちもあるが、両親の事を気にしない分、今までよりも羽が伸ばせて、特に一年も過ぎ、新しい環境にも馴染んだ今、気持ちのほうは大きな余裕ができてきた。そういう意味では、こんな私でも人生をちゃんと謳歌できているという事だろうか。


いつも通る大通り。
そこには毎日、どんな時間でもいろいろな人が行き交う。
それでも、朝のこの時間は、スーツ姿の大人が多く見える。だからかもしれない、そんな黒いジャングルの中、ふとした瞬間に、自転車を押しながら歩く親子が目に入ってきた。
母親はいかにも主婦、という感じの服装で自転車を降りて、押しながら人込みを進んでいる。後ろの制服を着た子供は通園の最中なのだろうか、自転車の後ろに設置された席に乗せられながら、ゆっくりと母親に運ばれていく。
何かを楽しそうに話している様子で、進む方向も、速度もほとんど同じだった私は、その会話をなんとなく聞いてしまう事になる。

「あのね、そーたくんがね」
「さっき聞いたわよ、意地悪な子なんでしょ?」
「うん、マユのものをかくしたり、マユのおやつたべちゃったり、たくさん、マユにいやなことするの」
「あらあら、それであなた、幼稚園で泣いちゃってるの?」
「ううん、なかない。それでね。マユ、そーたくんより、すこし、おねえさんだから、いつもゆるしてあげてるの」
「そしたら、せんせーも、えらいね、ってほめてくれるの!」
「そっか…、マユは偉いね」
「えへへ、おばーちゃんが、マユにおしええてくれたんだよ、『何でも笑って許せるような女の子になりなさい』って」
「そうね、泣いたり、怒る事ももちろん必要だけど、何事も笑って許せるようになれば、きっといい人生だね」
「?」
「…まだ、マユには難しかったかな?」
「そんなことないもん!」

集中して聞いてしまった、と思っていると、丁度その親子とは別の道へ行かなくてはならない所だった。会話の続きは少し先は気になるが、そんな事でいちいち目的地も変更するわけにもいかない。
そういって、別の道へ踏み出そうとした時、多くの人の足音で溢れる雑踏の中で、その親子の声がとてもよく響いた。

「…ねぇ、おかーさん」
「うん?」
「…だいすき」
「私も、マユが大好きよ」

耳元で囁かれた、と思うほどはっきり聞こえたが、足を止める者は誰もいない。淡々と多くの人が、私が居ないかのように通り過ぎていく。
いつの間にか足が止まってしまっていた。
時折、雑踏の中で立ち止まる私を、邪魔そうに見ながら避けて歩く人たちが目に入った。
それでも足は動かない。
それどころか、踏み出すはずの足が震えてしまって、立っているのもやっとだった。

なぜだろう。
こんなにも。
こんなにも悲しいのは。

目から何かが溢れそうになるのを、ぎゅっと我慢する。
歯が上手く噛み合わず、カチカチいう。

「―――」

声にならない泣き声、というのがあるなら、今、私が絞り出したのがそれだろう。
溢れるものを止められず、湧き出てくる気持ちに蓋ができず、考えはまとまらない。
頭の中で、ぐるぐる回る。
あの親子の会話が、頭の中でこだまする。
 
『ねぇ、おかーさん』
ねぇ、お母さん、お父さん。
『うん?』
そうなんだよ?
『…だいすき』
私も、好きだったんだよ。
『わたしもマユのことが好きよ』
お母さんとお父さんのことが、大好きだったんだよ。
こんなにも、こんなにも大好きだったのに―――

ああ、私は両親のことが好きだったんだ。
作品名:のいず 作家名:たつたつ