のいず
「――――」
それを初めて聴いたのは桜もまだ咲き始めの初春、普通の高校生のなんてこともない休日の日だった。
「────」
部屋でくつろいでいた私。暇だし、友達に電話でもかけてみようかと思っていた、その音が鳴ったのはそんな時だった。
初めて聴くそれは風の音や、遠くで鳴るラジオ、歩くと軋む床板のような何気ない生活雑音の一部のようで、いつもなら聞き流してしまうものだったかもしれない。
ただ、いつもは聞こえない時計の音が、意識すると明瞭に聴こえてくるように、その日の私も染みだすように鳴り響くその音を意識して聴いてしまっただけなのだ。
「────」
「─ ──」
「──、───」
繰り返し、繰り返し。家に響くノイズ。
どこから聴こえてくるんだろうと、部屋を出る。
家中を反響するその音源を探す事はなかなか難しそうだ。
途中、私の様子を気にした母が台所から顔を出し遠くからこちらの様子を窺っていた。
「─────」
その時、微かに今までより大きくそのノイズが家の中を響き渡った。
「なんでもない、ちょっと気になる事があるだけ」
私は母にそう答え、せっかくの手掛かりを逃すまいと急いで音源探しに戻った。
しかし、音が大きくなったのはその時限りで、その後はノイズ自体が聴こえる頻度も急激に下がってしまった。そうなると、そもそも飽きっぽい私はノイズの事なんてすぐに忘れてしまい、部屋に戻ってから友達に電話をして、外に遊びに行く事にした。そうして数時間後には頭の中から綺麗サッパリに妙なノイズの事なんて抜けてしまっていた。
結局、そのノイズがなんだったのか、それは後に判明する事になる。
カラオケで締めと言いつつ、『津軽海峡冬景色』を三度熱唱し、友人からヒンシュクをかった後、家についてからだった。
家に着くと、玄関に人影が見え、家の中の灯りが漏れていた。どうやら、ちょうど休日出勤だった父と帰る時間が重なったようだ。
こんな時間まで外で遊んで…、といつもの説教が来る事を覚悟しつつ、心の中で悪態をつく。
(大体、このご時世門限七時ってなに? 今時そんな時間に帰る高校生いねーっての! 金髪に染めてピアスしてないだけましと思え!)
心ではそんな風に毒づけるが、実際の私は抜き足差し足、そろそろと家に近づき、そっと家の中に入る。
「ただいまぁ…」
現在、八時。
門限オーバーが一時間なら、説教は三十分くらいで終わるんだろうか、そんな事を考えつつ、玄関にいる両親の姿を見た。
「──、────」
「─、───」
「え?」
そして、その時。
ノイズは、耳元で響いた。
「─────?」
両親は口を開けてなにかをしゃべっている。
「───! ──」
それでも、私に聴こえてくるのは空気の擦れるような音だけ。
「──? ─────」
…ああ、そうか。
「─────、──」
そうだったんだ。
「──、────」
なぜかその時の私はすぐに理解した。
「───」
なにもかもを理解できた。
「──────!」
声。
「───、───」
これは、数時間前に私が探していたノイズそのもので。
「────。───」
それは声だ。
「────」
これはお母さんの。
「──? ────?」
これはお父さんの。
「──! ────」
私の両親の声が、
「──、───」
この日、
「──。───」
私から奪われた。
持っていた鞄が手から滑り落ち、激しい音を立てて、中身が玄関に散乱する。その大きな音が奇妙なノイズをかき消すように家中に響いた。
「────」
その日から私は両親の声を聴いた事は今の今まで、一度もない。
それを初めて聴いたのは桜もまだ咲き始めの初春、普通の高校生のなんてこともない休日の日だった。
「────」
部屋でくつろいでいた私。暇だし、友達に電話でもかけてみようかと思っていた、その音が鳴ったのはそんな時だった。
初めて聴くそれは風の音や、遠くで鳴るラジオ、歩くと軋む床板のような何気ない生活雑音の一部のようで、いつもなら聞き流してしまうものだったかもしれない。
ただ、いつもは聞こえない時計の音が、意識すると明瞭に聴こえてくるように、その日の私も染みだすように鳴り響くその音を意識して聴いてしまっただけなのだ。
「────」
「─ ──」
「──、───」
繰り返し、繰り返し。家に響くノイズ。
どこから聴こえてくるんだろうと、部屋を出る。
家中を反響するその音源を探す事はなかなか難しそうだ。
途中、私の様子を気にした母が台所から顔を出し遠くからこちらの様子を窺っていた。
「─────」
その時、微かに今までより大きくそのノイズが家の中を響き渡った。
「なんでもない、ちょっと気になる事があるだけ」
私は母にそう答え、せっかくの手掛かりを逃すまいと急いで音源探しに戻った。
しかし、音が大きくなったのはその時限りで、その後はノイズ自体が聴こえる頻度も急激に下がってしまった。そうなると、そもそも飽きっぽい私はノイズの事なんてすぐに忘れてしまい、部屋に戻ってから友達に電話をして、外に遊びに行く事にした。そうして数時間後には頭の中から綺麗サッパリに妙なノイズの事なんて抜けてしまっていた。
結局、そのノイズがなんだったのか、それは後に判明する事になる。
カラオケで締めと言いつつ、『津軽海峡冬景色』を三度熱唱し、友人からヒンシュクをかった後、家についてからだった。
家に着くと、玄関に人影が見え、家の中の灯りが漏れていた。どうやら、ちょうど休日出勤だった父と帰る時間が重なったようだ。
こんな時間まで外で遊んで…、といつもの説教が来る事を覚悟しつつ、心の中で悪態をつく。
(大体、このご時世門限七時ってなに? 今時そんな時間に帰る高校生いねーっての! 金髪に染めてピアスしてないだけましと思え!)
心ではそんな風に毒づけるが、実際の私は抜き足差し足、そろそろと家に近づき、そっと家の中に入る。
「ただいまぁ…」
現在、八時。
門限オーバーが一時間なら、説教は三十分くらいで終わるんだろうか、そんな事を考えつつ、玄関にいる両親の姿を見た。
「──、────」
「─、───」
「え?」
そして、その時。
ノイズは、耳元で響いた。
「─────?」
両親は口を開けてなにかをしゃべっている。
「───! ──」
それでも、私に聴こえてくるのは空気の擦れるような音だけ。
「──? ─────」
…ああ、そうか。
「─────、──」
そうだったんだ。
「──、────」
なぜかその時の私はすぐに理解した。
「───」
なにもかもを理解できた。
「──────!」
声。
「───、───」
これは、数時間前に私が探していたノイズそのもので。
「────。───」
それは声だ。
「────」
これはお母さんの。
「──? ────?」
これはお父さんの。
「──! ────」
私の両親の声が、
「──、───」
この日、
「──。───」
私から奪われた。
持っていた鞄が手から滑り落ち、激しい音を立てて、中身が玄関に散乱する。その大きな音が奇妙なノイズをかき消すように家中に響いた。
「────」
その日から私は両親の声を聴いた事は今の今まで、一度もない。