壇上のNovelist
第13話 さよならの時…(雫)
あの日以来、何だか少し気まずくて…
それなのに、西条さんの態度は全く変わらない…。
自分一人がおろおろしてるのが、バカみたい…。
最近…少しの事で心臓がギュッとなって不安になる。
(病気かな…?)
「…。」
今日は久しぶりに休み。
こんな日に限って、西条さんは外で仕事。
「暇ぁ〜。」
特にする事も無いので、リビングの床に寝そべる。
テレビの横のカレンダーが目に入って…
この家に来てから、もう三ヶ月。
(そんなに経つのか…)
役者とバイトの両立も出来る様になったし…
少し頑張れば、部屋を借りれるところまで来ている。
でも…その一歩が踏み出せなくて…
(でも…このままじゃ…)
夕飯の支度をしながら、帰りを待つ。
「え〜っと。お醤油、お醤油。」
棚の下から醤油のボトルを取り出す。
(ふふ… 勝手知ったる他人の家…)
初めてここで料理をした時は、何処に何があるのかわからなくて…
当時は棚の上に置いてあった、醤油も今では下に…。
(上の棚…開けれても、中に入ってる物は取り出せないんだよね…)
最初の頃は、西条さん… 上の棚開けて『醤油が無い』って叫んでたっけ…(笑)
今までの事が走馬灯の様に駆け巡るのは…
ココロを決めたからだろうか?
昼間の内に、部屋の隅に自分の荷物を軽くまとめた。
鼻の奥がツンとして、鍋の中を虚ろに眺める。
「…ぃ。…いっ。…おいっ?」
後ろから声が聞こえて、ハッとする。
「え…?西条さん?」
振り返ると、外から帰ってきたと言わんばかりにジャケットを着たままの西条さん。
「吹き零れんで?」
言われて見て、慌てて鍋の火を弱める。
「何や?ぼーっとして。『ただいま』言うたのに、返事無いから来てみれば…。」
ジャケットを脱ぎながら、ブツブツと呟く。
西条さんの顔が見れなくて…
今見たら、決心が鈍りそう…
出来上がった料理を居間へ運ぶ。
「うゎぁ〜。芋の形状あらへんやん(笑)」
笑いながら、料理を口に運ぶ。
「今日は失敗しちゃった。」
「今日もやろ?」
そう言っていぢ悪い顔で見てくる。
そんな顔も今日で最後…。
「んな、泣きそぅな顔すなや。ちゃんとうまいで?
ちょっと水分飛ばしすぎて、辛ぃけどな(笑)」
西条さんの顔が見ていられなくて、下を向く。
「あのね…。」
「ん?」
「あたし…ここを出ようと思って…。」
やっとの想いで口に出した言葉が震えてる。
「…どうしたん?急に。」
今まで笑い混じりだった西条さんの声が少し低くなる。
「そ…そろそろ役者とバイトの両立にも慣れて来て…。
また…一人暮らし出来そうだから…。」
それを聞いて、西条さんは『そうか…』とだけ言うと、黙々と食事を済ませた。
後片付けを済ませ、部屋の荷物を片付け始める。
カタン
部屋の入り口で音がしたので、振り返った。
「ホンマに…行くんか…?」
ドアに寄りかかって立っている西条さん。
「…。」
俯いてたたんでいたTシャツを握り締める。
「お前がおらんくなったら…寂しなるな…。」
顔を上げると、西条さんも別の所を見ていた。
「…そぅですね…。」
再びTシャツに目線を落した。
暫く沈黙が続いて…。
どちらも一歩も動く事無く、今からテレビの声が聞こえてくる。
どれ位の時間が経っただろう?
西条さんの気配が動くのを感じて、ビクッとする。
そのままベッドに腰を下ろす音が聞こえた。
それでも…何も言えず…
また時間だけが過ぎる。
「…行くなや…。」
ボソリと呟いた言葉は、低く部屋に響いた。
涙腺の奥が熱くなって…
溢れ出そうになるモノを、必死に堪える。
「行くなや…。俺の傍におったら…えぇやん?」
まさかこんな事を言われると思って無くて…
「でも…。」
搾り出した声が、次の言葉にかき消される。
「俺の目ぇ見て話せや。」
見れる訳が無い…
見たら…我慢していたモノが…溢れ出ちゃう…
見たら…決心が揺らいじゃう…
「雫…。」
思わぬ言葉が耳に入って、脳内でこだまする。
あまりの驚きに顔を上げた。
その瞬間に西条さんと目が合って…。
一気に涙が溢れ出た。
「え…っ!?何…どないしてん?」
焦りながら、目の前に座った。
「だって…初めて名前…呼んだ…っ。」
涙は止まる事無く溢れてくる。
嬉しいのか、悲しいのか…よくわかんないや…
「そうやったっけ?」
頭を掻きながら、ティッシュを渡された。
「泣くなて…俺が困んねん。」
受け取ったティッシュで鼻をかむ。
「困る?」
鼻を押さえながら見上げると、西条さんは少し赤くなって目を逸らした。
「あー、何や…その…。あれや…。」
横を向いたまま胡坐をかいて、うなじを掻いている。
「…?」
「お前がおらんくなったら…俺が困んねん。俺…一人暮らし長かったから…
今まで『ただいま』なんて、言ぅた事無くて…
でも今は『おかえり』言ぅてくれるやつがおって…
あぁーーー!もぅ何言ってんねやろっ、俺っっ!?」
ガシガシと頭を掻く。
あたし…このままここにいてもいいの…?
迷惑じゃない…?
うまく声が出ないのが、もどかしくて…。
少し丸まった背中に抱きつく。
抱きついた私の手が、大きい掌に包み込まれる。
「…俺の卸したてのシャツに、鼻水付ける気か?」
少し笑いながら…それでも腕はそのままで…。
「どぉせ、あたしが洗うもん。」
より強く抱きつく。
ぐいっと腕を引っ張られて、目の前に座らされた。
「お前は、俺の傍におればえぇねん。」
ニッと笑った西條さんの笑顔に、私は大きく頷いた。
こうして、私の引越し計画は終わって…
また変わらぬ毎日…
『居候』から『同居人』へ…少しだけレベルアップ…。
これからもよろしくお願いしますv
続く→
作品名:壇上のNovelist 作家名:雄麒