Another Dream
第6夜 余命
一ヶ月に一度の定期健診のために、波穏は病院を訪れていた。
検査を終え待合室で、ぼーっと時間を過ごす。
慌ただしい足音が聞こえて振り返ると、
血相を変えた母が、波穏の元に駆け寄ってきた。
「お母さん?どうしたの?仕事は?」
「………。」
今にも泣き出しそうな母の顔に予想はついたが
何も言わず再び母と診療室へ入った。
カルテを見つめたまま、波穏の担当医が重い口を開く。
「大変申し上げ難いんですが…
おそらく…………あと一ヶ月くらいだと…。」
その余命宣告に母は戸惑いを隠せずに涙をこぼした。
反対に波穏は冷静な面持ちで正面を見ている。
(正確には、あと三週間だけどね…。)
何て頭で考えた。
母の運転する車で家路につく間、
お互いが無言のままステレオから聞こえる音楽だけが、鳴り響いていた。
その夜もライは波穏の元に来たが
波穏は何も言わず、いつもの他愛ない会話を続けていた。
「波穏?」
扉の向こうから母の声がした。
波穏の返事を聞く前に、ゆっくりと開いた扉に体を起こした。
そのまま部屋に入ってきた母に驚いて、
慌ててライを見るが、何食わぬ顔でその場に座り続けていた。
「まだ起きてるの?」
母はライの姿に目も向けずそう問いかけた。
「ちょっと眠れなくて…それより…ど…どうかした?」
「話し声が聞こえた気がしたから………。」
そう言って部屋の中を見回す母に、嫌な汗が背中をつたう。
相変わらずライは黙ったままだった。
不思議そうな顔をした母に、ライの姿が見えていない事にやっと気付く。
「大丈夫。もう眠るから…。」
「そう…。」
開いたドアからもれる光で母の目が赤く腫れ上がっているのに気付いた。
「……っ、お母さん………。」
部屋を出て行こうとする母を呼び止める。
「何?」
笑顔で振り返った母に、次の言葉が続かない。
「………………おやすみなさい。」
やっとの想いでその言葉を搾り出した。
「おやすみ…波穏。」
ゆっくりと扉が閉まって、部屋が再び暗闇になる。
「ライ……。」
「何だ?」
次の言葉を出そうか戸惑う波穏。
ライはその先を追及することも無く、急かすことも無く…
ただ……待っている。
「私ね………海に行きたい。」
「海…?」
波穏の住む街は島国の日本にしてはめずらしく、海が滅多に見れない街だった。
波穏がまだ小学生の頃…
一度だけ…
両親と一緒に行った海……
波穏にとっては一生に一度の家族旅行だった。
もちろん海で泳いだ記憶は無いが…
あの時に見た青が… …目に焼き付いていた。
あの時………果てしなく広がる青を前に…
たった一度だけ………
『今…生きている…』と感じた。
「夜の海が見たい…。」
しかし波穏の口から出たのは、あの時見た海とは対照的な海だった。
「……………ならば、俺も行こう。」
「え…?」
驚いて顔を上げた瞬間に、波穏は既にライの腕の中に抱きかかえられていた。
そのままライの羽が広がって、体が宙に浮く感覚。
続く→
作品名:Another Dream 作家名:雄麒