あの山も風でとべる
プロローグ-N
そこは繁華街の外れにある通りだった。
喧騒が遠く聞こえる暗がりに、“易”や“占”の文字がぼうっと光っている。
台の上に手相図を広げた眼鏡の中年男や、水晶玉に皺だらけの手を映した老婆が、客待ち顔で座っている。
その並びの中に、幕で囲われた一角があった。幕は所々が汚れていて、薄っぺらい。
その中では、入り口を背にして一組の男女が折り畳み式の椅子に腰掛けていた。
古そうな机の向かい側には、頭から被った布で全身を隠した人物がいる。どうやらこのカップルの相性を占っているらしい。
「いいですか、今からお二人にはカードを一枚ずつ引いてもらいます」
その声は若い男のようだった。俯きがちなので表情は見えない。
手にはトランプの束を持っていて、女性の前にはハートのカード、男性の前にはスペードのカードを、慣れた手つきで配っていく。
「その引いたカードの数字が大きい程、相手を好きという気持ちが強いということです」
淡々とした口調で話す度、前歯が覗く。
その言葉を、女性は興味深そうに、男性は半信半疑という様子で聞いている。
「そしてジョーカー。これは・・・」
二つの山の上に、角と尻尾のある黒い悪魔の姿が描かれたカードが置かれる。
「浮気をしているということです」
口元が一瞬歪んだ気がした。
男女は思わず占い師の顔を見つめたが、ほくろのある細い顎からは何も読み取れなかった。