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君に秘法をおしえよう

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正宗・高めあう関係1



「おまえの式神がずいぶんと手伝ってくれたよ」

朝食に現れた父が開口いちばんにそう言った。俺と暁斗、母の手が止まる。徹夜あけで、今、帰ってきたのだ。ずいぶんと手ごわいヤツだったのか、顔に疲労が出ていた。


「やっぱ、俺が行ったほうがよかったかな?」
 学生の俺に気をつかっているらしい父の姿にちょっぴり罪悪感を感じた。

「いや、大丈夫だ。それより正宗、後でわたしの部屋にきてくれ」
そう言うと父は、風呂に入るために居間を出ていった。

「淳子から大体は聞いてたんだけど……父さん、苦戦してたって」
 母はそれを聞くと、椅子に腰を下ろして深刻そうな顔をした。

「それって力が落ちてるってこと? それとも相手が強かったってこと?」
「どっちもかな…… 父さんもそれを分かってるから、近頃自分ひとりで頑張ってんじゃないの?」

「はぁ……陰陽師は体力勝負だからねえ。五十近くになるとキツいんじゃないの? 無理しなきゃいいのに、まだまだ自分が頑張らないと、って思ってんのよ」
 母は口をとがらせると、置いてあったコーヒーをグッと一口飲んだ。

 こういった話が分からない暁斗は?な顔をしている。そりゃ、そうだよ。怨霊とか式神とか鬼とか……常識人には想像もできない世界だ。

「いいじゃん。頑張ってる父さん」
「アンタはのん気ねえ…… 今日は遅いの?」

「ううん、今日は四限まで」
「分かった」
 重そうに母は腰を上げた。


「暁斗、何か欲しいもんある? 帰りに買ってくるけど」
 今だに登校できない暁斗は、ゆっくりと朝食を食べている。でも、少し、ほんの少〜し、元気になった気がするんだよね。

「ううん。ない」
「そっ」


 俺はそのまま父の部屋に向かった。風呂から上がった父はパジャマに着替えているところだった。

「今日はもう寝るの?」
「ああ、十一時から相談が入っているから、それまでな」

 時計を見ると七時三十分をすぎていた。学校には、家を八時に出れば間に合うから少し話をする時間はある。

「暁斗くんさ」
 父は布団の上に腰を落とすと、あぐらをかいた。

「もううちのこと教えてもいいと思うか」
「あ……と」

 突然の話に、俺はどう答えていいか分からなかった。この重い家業の話は、普通の家の子として育ってきた暁斗にどうやって説明していいのか。だいたい、普通の体じゃないしなあ、今。

「ちら〜と話すのはいいけど、修行はダメだよ」
「そりゃ、そうだ」

 くっつけた足裏の足首を持って父はぐっと押した。

「おまえが暁斗くんのことは任せてくれっていうから、任せたけどな、彼、どうなんだ?ちからあるのか?」
「あるよ」
 俺はきっぱり言い、父の前に腰を下ろした。


「悪霊っぽいのに取り憑かれても、それを自分のやり方に引き入れてしまうんだ。ずっと取り憑かれてないトコがまた不思議でさ。TPOに会わせて自分を依り代《よりしろ》にしてるっていうか」

「じゃ、なんで病気治らないんだ。依り代にしすぎじゃないだろうな」

「違う。ま、ちょっとはそっちに原因があるんだろうけど、ホントの原因じゃないと思う。恐らく、自分の作った思念で自分を攻撃している…… 自覚なく自滅していってるんだ」


「ほっておいていいのか?」
「だから、少しずつやってるよ。それに、そんなに簡単じゃないんだよ。だって、陰陽師自身だって、奇病にかかるじゃないか。悪霊や鬼だけが病気の原因じゃない。だから、俺、医学部行ったんだって」

「そうだったな」
 父は薄く笑うと首をコキコキと鳴らした。

「おまえの式神……淳子だっけ? なんかパワーアップしてたぞ。どうやったんだ?」
「え、そう? 特に何もしてないけど……」

 俺は口に手を持っていき考えた。これは考える時のクセ。

「一たす一はニじゃない……てか」
「なんだ?」

「たぶん……暁斗のパワー?……が、俺に入った? っていうか、お互い交流してんだけど、そうみたい」
 父はじっと俺の顔を見た。ふたりの考えていることは、恐らく同じだろう。そう、俺と暁斗はお互い高める関係にある。

「そうか。……なるほどね……おまえたちならやってくれそうだ」
 父は視線を外し下を向いて苦笑した。


「じいさんがわたしに期待していて出来なかったこと。いや、親父本人にも出来なかったことを、正宗と暁斗くんがやってくれるかもな」

 それを聞いて俺は、少し複雑な気持ちがした。陰陽師をずっとやっていく気持ちが、最近、だんだん薄くなっているからだ。軽く微笑むと「じゃ学校行ってくる」と腰をあげた。父は小さく笑い、「ああ、気をつけて」と言った。


作品名:君に秘法をおしえよう 作家名:尾崎チホ