君に秘法をおしえよう
暁斗・うずまき
「お互いに幸せになって欲しいんだから、そこにエネルギーを注ごうよ」
意味が? 分からん。
「あのさ、相手が生きていても死んでいても自分の中で愛する人の存在は変わらないだろ? つまり、相手を好きだった、その温かい想いというかエネルギーはなくならないんだよ。それを思い出すべきだよ」
「愛は憎しみに対する解毒剤?」
「違うよ。いい想いだってあったんだから、そっちをしっかり心でリピートしようてこと。
人はさ、自分のために他人を愛するんだ。相手の為じゃない。だって人を好きになったら気持ちいいもの。人を愛するとね、いろんなトコからエネルギーが入ってくるんだ。親が子どもに注ぐ愛だって同じだよ。
だから、その対象を奪われた時、めちゃくちゃ怒るんだ。エネルギーが入ってこなくなるから」
そう……なんだろうか。
「でもさ、違うんだ。さっきも言ったように相手を好きだった嬉しいエネルギーはなくなってなんてないんだ。忘れているだけ。さっきの話の続きだけど、仮に犯人に復讐を果たせたとして、後は、どんな気分になると思う?」
「一応は満足するだろうけど……虚しさ……とか、悲しさ……が訪れてくるだろうね」
「結局そうなんだ。殺された場合は、怒りの対象がハッキリしてたけど、これが災害や事故で死んだとしたら、怒りのやり場はないよね。すぐに悲しみが強烈に押し寄せてくる。それに長い時間浸っていると、どうなる?」
「病気になるよ。ヘタしたら死んじゃう人もいる。よく妻に先立たれた男性が、半年くらいで死んじゃうってのあるじゃん」
「だろう?」
分かった、正宗の言いたいこと。悪いことが起こったとして、その気持ちのままいたら、更に悪いふうになる、という法則みたいなことを言ってるんだ。
「けど、そう考えると人間やってんの絶望的になってくるよ。正宗の言ってること実行するなんてほぼ無理だもん」
「ま、ね。だけど、出来ないわけじゃない。ただ、必要以上に、長期間、そこにエネルギーを注がないようにするだけさ。 いっとき、どん底まで落ち込んだり、復讐心を持つのはかまわないけど、ずっと、ずっとその感覚をリピートさせないことだ。けど……それがまた難しいんだ。人間の傾向として、何度もリピートしてしまうんだな」
オレは納得してうなずいた。ノートのうずまきが、勢いついてぐるぐる回っている感覚がした。
やめたくてもやめられない。とめたくてもとめられない。
「感情があるから大変なんだよね。……なんで、感情なんてものがあるんだろう」
「また、超むずかしいこと言うなぁ、暁斗は。……ちょっと……そっちは置いておいて、次いくな。ま、次言うことと感情は関係あるんだけど。感情はエネルギーなんだ。マイナスの感情を持ったときは相手でなく自分にかえってくる」
ここで正宗はノートに、二人の人物を書きいれ、一人に怒りとか悲しみとか書いて、相手に向かって投げた矢印がUターンしている様子を記入した。
「これは日々、浄化というか癒しておかないと、だんだん積みあがって、やがては自分を再起不能にする」
矢印攻撃はいっぱいになり、本人がヤられてしまった。大きくバツ印。
「浄化なんてホントにできるの? 陰陽師わざ?」
「いや、暁斗だってやってこなかった? 最近の剣道は、あんましないのかな? 気の導引とか」
「……うちはしない。?平常心?は常に言われたけどね」
「それで、よく決勝まできたよな」
確かに。……だよなぁ
ふたりして笑いがこみあげてきた。
「根性でやってましたから、わたくし」
「よけーすげーよ」
正宗は窓から入る陽射しに目を細めながら、笑っていた。色素の薄い肌と髪が茶色く透けてキラキラと輝いて見えた。
オレの胸の奥で何かが少しはじけたような気がした。それは甘酸っぱいような、くすぐったいような、ドキドキするような感覚で…… その感覚が何かに似てるって分かったけど、でも、しばらくは知らないフリをしようと思った。……かくれんぼ気分が気持ちよかったから。
「ほんとはさ」
正宗が急に声のトーンを落とした。
「暁斗のほうが強いんだと思う。剣の腕前」
「はぁ?」
「俺より才能あるよ」
「ふっ、何言ってんの?」
ありえない話にオレはふきだした。
「でも、ま、眠れる剣士は、いま心の修行中、と」
正宗は冷めたお茶をくいっと飲んだ。そのまま、せんべいをバリバリと食べる。
オレもどう返していいのか分からなくて、同じようにせんべいをかじると、お茶で流し込んだ。
「どこまでやったっけ?」
「気の導引まで」
「そうそう。気に導引だ。……マイナスエネルギーをニュートラルやプラスに持っていく方法は、いっぱいあって、仙道とかヨガとか気功とか、他には山奥でやる修行系はみんな気を操るけど、お手軽なのは、レイキだ」
「え、いっつもやってもらってる?」
「ああ。幸子さんに頼んだけど、週ニじゃ足りないのか、暁斗の気のほうが強いのか、それともマイナス貯金が多すぎるのか、ちょっと効果少なかったね」
「そうなの?」
「あの世界は一筋縄でいかないんだよね〜 俺も色々苦労してきたさ」
正宗は、疲れたように目を閉じて、天上にむかってカクンと顔をあげた。陰陽師の仕事のことだとオレには分かった。
「ま、そんなこんなで、今日はうずまきをこれ以上大きくしないトコまで話しました。Can you understand?」
「う、うん……って、うずまき、大きくしないだけ? これで逆回転しないわけ?」
「しないよ。何、簡単に考えてるの。 大きくしないだけ。止めてもいないね」
「そ、そうなんだ」
遠い道のりにオレはちょっと焦りを感じつつ、ベッドと机の間にずるずると体を沈みこませた。
作品名:君に秘法をおしえよう 作家名:尾崎チホ