君に秘法をおしえよう
暁斗・例えば君が死んだなら
信用する、って言葉が嫌いだ。
勝手に自分で相手の虚像を作り上げて、それと違ったことを相手がしたら「裏切られた」って思う行為のことだから。勝手にひとりで信用でも何でもしてろ、って気がする。
相手に「信頼しているから」など言うのはもっと最悪だ。相手にとって負担にしかならないエゴのおしつけ。自分の型に入れ、と言っているようなものだから。
オレは今まで?人を信用しない?とよく言われてきたけど、別に不義理だったわけではない。現に、師匠や友達は信頼してきたさ。それは、相手はこういう人だろうな、という自分なりの一定の範囲にいれること。
でも。
正宗ってそれに沿わない。
なんだか分からない。こちらの思惑外、予測外。そのくせ、テレパスちっくでオレの考えとか要求とかが、ものすごく分かったりする。偉そう、ムカつく、……でもって、気持ちよくってラクで、ワクワクして他の奴らとゼンゼン違う。
いちど、その感覚を知ってしまうと、もう戻れない気がする。
「健康と病気の違いは、うずまきで例えられるんだ」
正宗はオレの部屋で、テーブルに上のノートに、ぐるぐるとうずまきを描いた。
「うずまき?」
「うん。例えば、健康な人のエネルギーが時計回りだとすると、病気の人は反時計回りなんだ。これは、人生上手くいく人とそうじゃない人も同じなんだ」
オレは大きくうなずいた。人生上手くいく人はどんどん富み、不幸な人は、なぜかどんどん不幸が押し寄せてくる、ってのは現実だったから。
「だから、これをひっくり返すには、相当のエネルギーと技が必要だろ?」
正宗は、渦巻きの終わりをトントンと叩いた。
「そうだな、回っているエネルギーは加速度、遠心力がついてるから、それをひっくり返すとなると、そりゃ大変だ」
「コリオリの力はこの際、無視して、回転運動そのものの慣性力が問題なんだ」
*コリオリの力…地球の自転影響を受ける台風の向きのようなもの
回転座標系上で移動した際に受ける慣性力の一種
眼鏡ごしに正宗が微笑んだ。色素の薄い瞳が気になってまじまじと見つめてしまった。いやいや、慣性の法則、慣性の法則。
慣性の法則は、運動する物体に外から力が働かないとき、その物体は慣性系に対し運動状態を変えず運動を続ける……という「そのまんま維持力」だ。
「はい、そう。だから、人間てのは、性格は変えられないし、悪癖も直らないわけだ。このぐるぐるエネルギーの力は強くて、強固です。けど、変えなきゃ、人生も病気も良くならない。じゃ、どうやるか?……具体的に暁斗の場合で考えてみよう」
オレは真剣な面持ちでうなずいた。
「あのさ、普通イヤなことがあったらどうする? えーと、例えばそうだな、町でチンピラに絡まれてカツアゲされたとか」
「カツアゲ?」
あり得ない例えにお互い半笑いしつつ答える。
「うーん、ま、腹たつだろうなぁ」
「だろ? で、そのまま怒っていると、約束した時間に遅れたり、また、ヘンな事故に巻きこまれたり……する可能性ってあると思う?」
「そリゃ、あるよ。カッカッしてたら注意怠るだろうし、不愉快な顔したら、またヘンなヤツに因縁つけられたりするだろ? 当然さ」
「じゃ、どうやったら、更に事故やらに会わないですむと思う?」
上目使いで、正宗がじっとこっちを見た。
「えっと…… 気持ちを落ち着けて、気分を切りかえる」
パチパチパチ。正宗が拍手をした。
「その通り。けどさ、それって難しくない? カツアゲならなんとか頑張って切りかえできたけど、これが家族や恋人が通り魔に殺された、くらいのレベルになると、気分、簡単に切りかえられないよね」
もちろんだ。オレは大きくうなずいた。
「例えば、俺が通り魔に殺されたらどうする? 愛する正宗を失って奈落に突き落とされた暁斗は必ず犯人を殺すと決意する」
「え?」
「怒り狂った暁斗は血眼になって犯人を捜すが見つからない。警察もつかまえられず、月日だけが虚しくすぎていく。ああ、可哀相な暁斗。事件のストレスは暁斗の精神と体にダメージを与え蝕み、ついに暁斗は帰らぬ人に……」
「殺すなっ」
ろうろうと妄想を語る正宗にオレは叫んだ。
「どこまで話したっけ?」
「大きなトラブルじゃ、なかなか気持ちは切替られないって話だろ?」
「ああ、そうだった」
へらっと笑うと正宗は、脚を組み替えた。地べたテーブルは、ずっと座っていると脚が痛くなってくるのだ。
しかし。
嫌な例えをするよな。実際、正宗が殺されたらオレ狂うと思う。もう既に、オレの心の深い場所に正宗は居ついてるから。正宗の妄想は、控えめに語ったオレの姿だ。本当はもっとひどいだろう。
なんでオレ自身も気付いていない心のひだを正宗は引き出すんだ? やはり真性どSだ。
「さて、問題です。このケースの暁斗くんは、気分を途中で切り替えられるでしょうか?」
あまりにアホな質問をするんでオレは真っ赤な顔して正宗をにらんだ。
「気分とかそんな問題じゃないよ。これはもう人生かけた勝負だよ」
「じゃ、怒りのまま復讐に入るの? それって悲劇、不幸だよ。俺がもしユーレイかなんかで近くにいたら、暁斗には、そんなコト止めて幸せになる方法を考えろ、って思うね」
「じゃ、正宗はオレが復讐もせず、他の誰かと幸せになっていいと思うわけ?」
あれ? なんか? オレ何言ってる?
「うーん、それはちょっと妬けるけど……まっ、暁斗が幸せになるなら……いいよ」
「なんだよ、それ! その程度なのかよオレの存在」
「違うよ」
ここで正宗は言葉を切った。ちょっと苦しそうな顔をしてから口を開いた。
「俺が反対の立場だったら犯人は必ず殺す」
あまりに迫力にオレ、茫然。目が……マジだよ。
「あらゆる手を使って探し出し、この手で殺す。それも簡単に殺してやらないね」
する、するよ。この男なら必ず実行するよー
「じゃ、なんでオレには忘れてヘラヘラ幸せになれ、とか言うんだよ。自分のやっていることは棚上げして」
「だから、愛する人には幸せになってもらいたいじゃないか」
「オレだって正宗には幸せになってもらいたいよ」
言ってから手で口を被った。オレ何てこと言ってんだよ。これじゃ、マジで恋人どうしの会話だよ。いつの間にか?さん?付けし忘れてるし。いいのか、オレ?
「そこだよ、ポイントは」
「へっ?」
大げさに指さしてポンと振った。
作品名:君に秘法をおしえよう 作家名:尾崎チホ