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君に秘法をおしえよう

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正宗・入学祝い



 四月。俺は、晴れて医学生となった。

 高校三年の晩秋に進路変更したため、かなり追い込みがキツかったけど何とか都立の医大に滑り込んだ。ま、センター試験は受けるつもりだったから大してやることは変わらなかったんだけど、出題傾向の対策が大変だった。ほんと、俺、理系が得意でよかったよ。


 神社の跡取りなら、普通は神主になるための皇學館大学か國學院大學に行くだろうけど、俺は最初から、そっちに行く気はなかった。そっちはいつだっていい。


 俺は、俗っぽく若いうちにしか出来ないことがしたかった。経済学部を志望していたのは、ビジネスに興味があったからだ。最初ベンチャー社長にでもなろう、とか考えていた。けど……

 医者もいいかなーっと。

 日本で最難関の資格といえば医者と弁護士で、これは、年とってから取ろうにも、たいへん難しい資格だから。

 …………

 と。
 納得しないですか? この理由。


 あーあ……
 はい、そうですよ。

 暁斗くんのこと関係ありますよ。

 今回、暁斗の件でいろんなこと考えた。

 なんで、人間は若いうちに病気になる人とずっと元気な人がいるんだろう。なんで、医者は急性病と外科以外の病気をほとんど治せないんだろう。なんで、日本は医者という資格にしか治療権限を与えていないんだろう、なんで……なんで……


 いろんな疑問が押し寄せて……
 それなら、まずは、その「医者」ってのにならなきゃ土俵に上がれないな、と思ったわけ。

 ただ、俺にはちっとばっかし分かっていることもあるんだ。家業でつちかった技というか秘教的な教えは、今後、治療師として結構つかえると思うんだ。


 うちにお祓いにやってくる人も、病気の人がとても多い。陰陽師は、悪霊がついているという部分でお祓いとかするんだけど、本当はもっと複雑なんだ。そんなもので人間が簡単に治ったりするものではない。


 秘教的な教えでやれる範囲と医者の範囲を組み合わせたら、きっと幅広いことが出来るはず。それが、これから俺が目指す道だ。




「渡したいものがあるんだ」

 暁斗がそう言って、風呂敷に包まれた畳紙(たとうし)から、一対の紋付着物と袴を出した。それは、剣道形の演武に着用する正式装束だ。まだ、ま新しい。


「もし、よかったら、これ使ってくれない? オレので悪いんだけど。ほら、家紋は五三の桐にしてあるから大丈夫だろ」  *五三の桐はオールマイティに使える家紋

「だって、暁斗のだろ」
「オレ、当分着れないし、ずっと置いておくとカビはえちまうだろ? ……正宗さんの入学祝いがわりっちゃ悪いんだけど……」

 俺は胸がしめつけられた。
 好きな剣道をあきらめるようとしている上に、学校にも行けない身の上で、他人の入学祝いに気を使うなど、悲しすぎる。

「……いらない。それ、暁斗が使え」

「ごめん、気悪くしたんだったらあやまる」
 暁斗は着物を下げようと手を伸ばした。

「違うんだ。俺は……その紋付、暁斗に着て欲しいわけ。そんでもって、俺と演武やってほしいのに……なんで俺にくれるなんて言うの? 俺ともう形やるの嫌なの?」

「ううん」

 ハッキリと答えると、暁斗は下を向いて歯を噛みしめた。悔しいんだ。やりたくてもやれない理由は、俺だって分かっているのに、言わずにいられなかった。

「入学祝いなんていらない。俺は暁斗と剣道やるのあきらめてないから」

「オレだって、やりたいよ。……けど、ぜんぜんダメなんだ……力が入んないだよ。……もうこのまんま治らないんだよ、きっと」

 暁斗はポロポロと涙を流した。切れ長の目から流れ落ちる涙は水晶のようだった。

 母親が死んだときも、入院して病名を告げられたときも、留年したときも、一切流さなかった暁斗の涙。



「大丈夫、俺がそばにいるから。絶対、絶対大丈夫だから」
 俺は強く暁斗を抱きしめた。

「うん……」
「絶対、絶対、治る」
「うん」
 すがりつくような力で暁斗は俺にしがみついた。絶叫したかのような暁斗の感情が流れこんできて胸が痛かった。

 なんと孤独なのか。暁斗は。
 不治の病とは、生死に対峙するのに似ている。誰にも代わってやれないもの。誰にも治せないもの(治癒力はその人だけのものだ)。

 でも、俺は離さない。

 なぜなら、まだあきらめていないから。
暁斗のちから。暁斗の生まれた意味。暁斗の存在。


 フッと暁斗の気が優しく変わった。
 これって、癒された感覚?

 抱き合いながら、しらないうちに暁斗の頭を撫ぜていた俺は、静かに言った。
「ふたりで頑張ろうぜ」
「……うん」

 さて。
 暁斗の人生、ここから巻き返し、だ。


作品名:君に秘法をおしえよう 作家名:尾崎チホ