バイバイ(コスモス3)
ホントにキモイーと、本人にも十分に聞こえる声で女どもが笑いながら云った。何か云い返してやりたかったが、結局何も云えずに彼女を見た。高橋椿は、別のところを見ていた。視線の先にあるのはタカやんの机で、西田可菜子がその机を後ろに運んでいるところだった。タカやんの机に飾られたコスモスの花は、いつも西田可菜子が持ってきて水を換えている。最初は誰が水を換えているのか全然わからなかったのだが、最近は彼女が掃除のときに欠かさず換えている。もともと、花を持ってきていたのも西田可菜子だった。彼女の家が、花屋なのだそうだ。どうやら、西田可菜子はタカやんが好きだったらしいと云っていたのは、英二だった。
高橋椿は、西田可菜子が机を運び、コスモスの花の入った花瓶を手に教室を出て行く様子を始終見ていた。誰も、その様子には気付いていないようで、たんたんと掃除が進んでいる。高橋椿は西田可菜子を見送ると、荷物を手にさっさと教室を出て行った。
俺は思わず、彼女の後を追いかけて、教室を出た。廊下では、他のクラスの連中も混ざり合って、とてもざわついている。高橋椿は、その合間をうまくすり抜けて階段の方へ歩いている。やっぱり、周りの連中はひそひそと彼女の陰口を叩いている。
俺は、高橋椿を追いかけた。階段を折り始めたところで追いついたけれど、高橋椿はまったく俺の存在に気付いていないようで、というよりもむしろ、俺の存在など気に掛けてもいないようで、たんたんと広がったスカートを揺らして降りていく。
声を出そうと思っても、咽喉につっかえたまま外に吐き出せなかった。
高橋椿の姿が、どんどん遠くなる。云いたい言葉はたった一言なのに、どうしてもその一言が、その最初の一文字さえも出てこなかった。
「翔」という声に、俺は我に返った。振り向いたところに立っていたのは掃除を終えたらしい祐輔で、「何してんだよ」と、きょとんとして立っていた。
「いや、何でもないよ」と俺は、慌てて階段から離れた。
「ふーん、変なやつ。部活行こうぜ」
「オッケイ」
作品名:バイバイ(コスモス3) 作家名:紅月一花