バイバイ(コスモス3)
タカやんが突然いなくなってからすでに一ヶ月が経とうとしている。タカやんは自殺した。俺はそれほどタカやんと親しかったわけではないが、笑顔が顔に染み付いているといえるくらいとにかくいつも笑顔で、いい奴だったと認識している。タカやんがどうして自殺したのかは結局わからずじまいになっている。
前の席替えのときに、タカやんの席をどうするかという議論が出たのだが、藤森静香の意見で彼の席はそのまま残すことになった。しかし、彼の席は生徒に一番人気のある窓際、一番後ろの席であったことから、みんなの抗議で一番前の席に移すことになったのだった。
その席を、高橋椿がじっと見つめている。高橋椿が、窓の外以外の場所をあんなにも見入るようにしているのを見たのは、初めてだった。
そういえば、みんなが高橋椿を無視している中、タカやんだけは高橋椿に対しても自然な態度で接していた。特別積極的に何かを話しかけるわけでもないが、おはようやバイバイといった挨拶、何かを配ったり受け取ったりなどといったときに、自然に、あの笑顔で声を掛けていた。
タカやんの机を見つめる高橋椿の横顔は、どこか悲しそうで、物憂げだった。
それ以来、タカやんの机を見つめる高橋椿を時々見た。そんな彼女を見るたびに、なんだかわからないけれど、自分の中でもやもやとしたものが大きくなってくるようだった。
タカやんが「おはよう」と高橋椿に声を掛けていた映像が、頭の中にプレイバックする。あのとき、高橋椿は何と答えていたのだろうか。おはようと、返したのだろうか。
ショートホームルームが終わって、机を後ろに動かした。掃除当番が、箒で床を掃き始める。女子の甲高い声がそこらに響き渡る。鞄とジャージの入った袋を肩にかついだところで、祐輔の声が「翔」と呼んだ。
「一緒に部活行こうぜ。俺、日誌だけ書いたら終わるから」
「オッケイ」と、俺はいったん背負った荷物をもう一度机の上に置いた。
ふっと高橋椿の方を見ると、彼女はとても重たそうに机を後ろに運んでいるところだった。
「ちょっと、早くしてよ。本当にトロいんだから」
佐々木雅恵が、とてもキツイ口調で高橋椿に食いかかった。
「私はか弱いお姫様とでも思ってんのかよ」と、佐々木雅恵の取り巻きの女子数人も参戦する。高橋椿はそれほど気にしていないようで、やはり重たそうに机を運んだ。
作品名:バイバイ(コスモス3) 作家名:紅月一花