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天空詠みノ巫女/アガルタの記憶【零~一】

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               ☆

 織子曰く――『炎の一時間』から三十分後、彼女たちの姿は中心街にあった。
 辺りはもうすっかりと陽が落ちた宵の口……街中は、会社帰りの買い物客や下校途中の学生達で、そこそこの賑わいを見せていた。
 香津美は既に落ち着きを取り戻し、今は織子と二人で帰宅途中の『寄り道三昧』を楽しむほどになっていた。
 ふらりと立ち寄ったゲーセンで、クレーンゲームのケージの中に無秩序に積み上げられた『河童のマスコット人形』に目が留まる――もう話してしまってもいいかな……そう思い立つと、香津美は不意に昔話を語り始めるのだった……。
「あれは小学校に上がる前だったから、もう十年以上も前のことなんだけどさ……。 その頃私、紀伊のおじいちゃん家(チ)にいたのね」
「うん、知ってるよー。香津美、中一の時、オリコのクラスに転入してきたじゃん?その時のこと、覚えてるよ」
 気づくと織子はクレーンゲームの前に陣取り、ピンクのガマ口からありったけの百円玉を積み上げると腕を捲っていた。
「よし、戦闘準備完了!」
 さっきまでの興味はどこへやら……織子は真剣な眼差しで河童の群れへと狙いを定めると、続きを話せといわんばかりに香津美に向かって『カモンカモン』とジェスチャーを送り続けている。
 その様子に呆れながらも、香津美は話を続けた。
「それがマジで絵に描いたようなド田舎でさ、あるのは山と川と畑だけで、近所に年の近い子もいなかったからいつも一人で遊んでたんだ……」
 思い起こせば、今でも鮮明に蘇ってくるあのころの記憶――

               ☆

 青々と生い茂る山の木立……。
 近くを流れる小川の細流……。
 耳を劈く蝉の合唱……。
 牧歌的な土の香り……。
 炭窯から立ち昇っていく白煙……。

 ――そこは小高い山々に囲まれた里に、数十軒の民家が寄り集まって形成された集落であった。
 中でも一際大きく、最も古そうな日本家屋に、幼少時代の香津美は預けられていた。
 物心がついた頃から、小学校入学を機に両親が迎えに来るまでの数年間を、彼女はその場所で暮らしたのだった。
 いつぞや、母親にそのことを聞いたことがあったが、「んー……貧乏だったから……かな?」と一蹴され、それ以上突っ込んで聞く気にもなれなかった。
 当時の香津美にとってはそれが当たり前のことで、現在の環境に置かれるまで、その頃の自分が『普通』とは少し違った家庭環境にあったことなど知る由もなかった……。
 
 家主である祖父は、朝になるといつもどこかへ出かけていっては夕刻まで帰らなかった。
 屋敷にはもう一人、住み込みで世話をしてくれていた松子という家政婦と思しき中年の女性がいたが、彼女は子供の扱いがあまり得意ではないらしく、一緒にいてもつまらないだけであった。
 広い屋敷は部屋数が多く『かくれんぼ』には打って付けであったが、共に遊んでくれる者はなかった。
 祖父の書斎には本が山積みになっていたが、幼い子供が読めるものなどありはしなかった。
 そんな香津美の唯一の友達は番犬のタローさん(雑種)だけであり、天気の良い日はいつも朝から晩まで一緒に過ごしていた。
 野生児の如く野山を駆け回ったり、近くの小川へ行っては野花を摘んだり、膝まで水に浸かっては小魚や蛙と戯れたり……そのほとんどの日々を、一人で遊ぶようになっていた。
 そしてあの日も……。
 
 その声は、いつもの小川と反対側にある竹藪の中から聞こえてきた。
 ざわざわと風に揺れる葉音に紛れて、香津美の耳には確かにその声が聞こえていた。
 その竹藪は外から見ると中は暗く、それがどこまでも続いている感じがして普段は決して近寄ることのない場所だったが、子供がすすり泣くようなその声に導かれ、または誘われるがまま、小さな香津美の足は中へと分け入っていった。
 恐々声を掛けながら、香津美は泣き声の主を探していく……。
「だれ?……どこにいるの?……」
 『それ』をいち早く見つけたのは、タローさんであった。
 香津美は犬の吠える方へと向っていくうちに、つい駆け出していた――竹薮のかなり奥まで来てしまってはいたが、中は思っていたよりもずっと明るく、しかし想像通りそれはどこまでも続いていて、帰り道さえわからなくなってしまいそうにに思えた。
 けれどもタローさんの鳴き声が心強く感じ、今はそんな不安を拭い去ることができた。

 そして、香津美は出会った――

 泣き声の主は、ぼんやりと光を放ちながらも人の子の形をしていた。
 その子は香津美の気配に気がつくと、慌てたようにジタバタと抗っていたが、その場所から離れることはなかった。見ると、どうやら罠にでも掛かってしまっているらしく、そこから動くことのできない様子だった。
 香津美は内心、かなり怖かった……でも、その子はどう見ても自分と同じ位の背格好であったし、もしかしたら一緒に遊んでくれるかもしれない――『初めてのお友達』になってくれるかもしれない存在であった。
 それほどまで、ここでの毎日は退屈だったし、一人遊びにも飽き飽きしていた。
 ――気がつくと、香津美はその子のすぐ傍まで近づいてしまっていた。
「どうしたの?……だいじょうぶ?どっかいたいの?」
 香津美はこの状況にあって自分の知りうる限りの言葉を、べそをかいて途方に暮れているその子に向けて、できるだけ優しく話し掛けた。
 良く見ると、『黒い穴』に片足が嵌り込んで抜けないでいるようだった。
 引き抜いてやろうと思い、その『黒い穴』にそっと手を伸ばす……。
 ――! 
 すると突如、みるみるうちにその穴は消滅していく。
 勢いよくスッポン!っと穴から抜けたその子は、竹藪の中をどこまでも転がり出していった。
 やっと回転が止まったその子は、目を回し放心状態となっている。その様子を目の当たりにした香津美は、ついおなかを抱えて笑い出してしまうのだった。
 ややすると、その子も照れ笑いを浮かべ、しばらくの間その竹藪の中は二人の笑い声に包まれていた……。

 晩方のこと――祖父が帰るなり、香津美は目を爛々と輝かせながら、その日の出来事の一部始終を話して聞かせた。
「ふむ……河童だな」
 それが祖父の口から出た言葉だった。
「かっぱさん?……」
「そいつは子供だったんだろう?」
「うん、そう。わたしくらいのおおきさだった」
「なら河童だな。……大きくなると天狗になるからな」
 それから、このことを誰にも言ってはならないと強く釘を刺され、また、藪の中へも二度と近づいてはならない……とも諭された。

 昼間の出来事から興奮状態にあった香津美は、布団の中で眠れぬ夜を過ごしていた。
 すると深夜にも関わらず、集落中の大人達がこぞって祖父の屋敷へと集まり、明け方までなにやら話し込んでいる様子であった。
 寝室の壁越しにその雰囲気を察すると、幼心からも何か自分がとんでもなく悪いことをしてしまったような罪悪感に苛まれ、その恐怖から益々眠れなくなる……。
 そのおかげからか祖父に言われるがまま、今の今までこの事は胸の奥にしまい込んでいたし、あの竹藪の中へも二度と近づくことはなかった。