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故障

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 袋小路



 ヒールを鳴らして歩いて来たその女は、原色に彩られた派手な衣服を身につけている。女は道に迷っていた。その角を曲った際、この先が行き止まりだとは気が付かなかった。気付けなかったのはソイツの気配に視線がいったから。女はこの街に慣れている。ここいらには変った輩が沢山いる。電柱に隠れるソイツの為に、来た道を引き返すつもりなどは毛頭ない。慣れている。ただ汚い体液をひっかけられないように注意が必要。あの匂いだけは最悪。女は知っている、こういう類の輩は軽蔑を込めた鋭い視線で睨みつけてやれば、もう何も出来ない。
 女は電柱に近づくにつれ、性的不満に悩まされている糞野郎をやり過ごす為に、心の準備を整えはじめていた。
 徐々にその眼光に軽蔑の冷たさが生まれ出してゆく。それと同時にアスファルトを鳴らすヒールの音が威嚇音のように聴こえ出したのは気のせいではない。女は鋭いヒールの音と冷めた眼差しを武器に、ソイツをやり過ごしにかかる、

    が、その寸前、、一歩手前で女は急いで反転した

 女は凍りつく恐怖というものを味わって、遅かった。この街に慣れ、危険に鈍感になってしまった女の不用心だと責めるには筋違いなのかも知れないが、遅かった。電柱の陰に隠れる獣の眼を見た瞬間、それ以上前進する事に体の全筋肉が絶対的な拒絶反応を起こしたのだが。女はこれから殺される。いつ女が死を受け入れたのかは本人にしか分からない。知る必要もない。結果が同じだ。

 不快感な打撃音。
 小動物が潰れたような鳴き声。
 小男は獲物の後頭部にレンガの一撃をくれた。
 意識を吹き飛ばし、アスファルトに叩き付けられる獲物。
 束の間、倒した獲物を観察した後、原色の衣服を剥がしにかかる。
 小男の表情は何も変わりない。
 衣服を剥がすのに手間取り、苛立つ。
 左のポケットから取り出したのは、特異な湾曲をした形状のナイフ。
 意識不明の獲物は仰向けにされる。
 派手なシャツは素早く切り裂かれると、程良く引き締まった白い肉体が現れた。
 傍らでは自らも着衣を脱ぎ捨てた小男は、小さなバケツを用意している。
 白昼いつ誰が来るともしれない裏道、裸の小男が意識を失う白い肉体に跨った。右手の五本の指先で獲物の肌を辿ると、目的の位置に見当をつける。手慣れた動作でその奇異な刃渡り10cm程のナイフを左手に軽く握り、脇腹辺り、刃先を目的の位置に軽く立てる。右の掌をナイフの柄の底にあてがい、呼吸を少し深く吸い込むと、小男の眼光は変化する。上半身の幾つかの筋肉の緊張を連動させ、軽いブレーキをかけつつ緩やかに上半身の重みはナイフに乗せられていった。ふたつの肺に溜められていた温い息を静かに吐き出す動作。それに合わせるようにナイフの刃が獲物の白い肌の中に静かに沈んでゆくと、ペニスがじっくりと女の中を突き進むのに似た感触がナイフの刃から両の掌に伝わり肩へと走り、小男の全身をオルガスムスが駆け抜ける。第一刀がもっとも興奮するのはSEXと同じ。忘れられないこの感覚が小男を蝕んでいく。

 沈んだ刃を少し縦にはしらせ獲物の脇腹から抜きとると、素早く右拳を傷口に突き入れ、小男の右手は獲物の腹の中で何かを捜し始めた。

 すでに女は意識を取り戻し、その眼球には獣の姿が映りこんでいた。視線を下に向け、獣がする作業を確認する気にはならない。恐怖の中の異常な光景に直面して声なんて出ない。理解を超えた出来事に、脳ミソは痛みの信号を体に発信することを忘れた。
 体の中でうごめいている蜘蛛がいる。男を入れられた際に味わう感覚よりもずっと奥の場所。入ってはいけない場所に侵入している。女は命の消えるまで変わらない現状を冷静に理解し、残った命のすべてで脅えた。

 やがて獣の指先は女の腹の中で目的のものを見つけると、親指と中指でそれをねじ切った。最も重要な仕事を終えた右拳が女の体から抜かれると、その傷口からは血が吹き出る事はなかった。
 モンゴルに住む遊牧民達が牛を解体する際、神聖な大地を決して牛の血で汚してはならない。その為の解体方法が遊牧民には伝承されていた。この獣が何時、何処でそれを習得したのかは知る由もないが、牛を解体する際に用いるその手技を今この場所で女に施したのは間違いなかった。白昼堂々、女を手際良く解体してゆく一頭の獣の姿がここにある。衣服を脱がせるのにあれほどまでに手間取った獣は、野蛮な段取りを潤滑に推し進めた。神聖な大地に一滴の血液も零すことなく女は解体されてゆく。理解しがたい獣のルール。
 切り込みが更に入ると、ナイフを首下にまで走らせるて切り口を押し開いた。
 中では奇麗な臓器が怯えるように弱弱しく活動している。
 腸がうごめく下腹部に片手を潜らせる。
 獣の掌は臓腑とまぐわる様にこねくり回され、その感触を味わう。
 腸はズルズルと引きずり出されて獣の首に巻きつていった。
 より敏感な首の感覚で、命ある腸の肌ざわりを存分に感じている。
 女の四肢は痙攣し、臓腑を切除される度にググッとした筋肉硬直を見せた。
 切り取られた臓腑は用意されたバケツに放り込まれている。
 獣は大きく開かれた切り口の中に、その頭蓋を沈めていった。スキンヘッドの剥き出した頭皮で停止寸前の心臓の筋肉の痙攣、微かに動く肺の感触を感じると、獣の肉体と精神には独特の快感が発生する。命を犯して悦楽している群れからはぐれた一頭の獣は、野生に浸っている。白い肉体の内、臓腑の沼の底へ、獣の野生は沈んでいった。

 女の鞄からは包装紙に包まれたゲームソフトが放り出されていた。

作品名:故障 作家名:夢眠羽羽