犬一匹物語 『危機一髪』
ダンナの方はと言うと、奥さんに攻められているにも関わらず往生際が悪い。
「いや、別に何もないよ、ハートマークで、メールの練習してただけだよ」
そんなとぼけたことを言い出してます。信じられな~い!
奥さんはもうこれには切れました。
「そうなの、練習なの。そしたら私が電話してやるわ」
「わかったよ、オレが電話するよ」
ダンナはそう答え、ウジウジと電話をし出しました。
「ああ、こんなことでは埒(らち)が開かない。このまま行けば、僕は証拠隠匿の有罪のまま。明日から御飯がもらえず……寂しく餓死か。今まで生きてきた10年間、その中でも一番深刻な危機。こりゃ、ちょっとまずいぞ、何とかしなきゃ」
僕はそう思い、ダンナの足下へ走り寄りました。
「えーい、これは男の友情を裏切った仕返しだ!」
僕はそう吠えながら、ダンナの股間の一物を、思い切りガブッと噛んでやりました。
「イテテ、危機一髪!」
ダンナが大騒ぎしてます。一方奥さんは、大喜び。
「危機一髪、よくやった。もっと噛んでやりなさい! もう使いものにならないくらいに」
僕は奥さんの命令に従いまして、もう一度ガブリと。
「これは、我が生涯で、一番深刻な危機に直面させたお礼だよ!」
そう猛烈に吠えながら。
僕はダンナの一物を噛むというこんな荒技に出たのですが、これだけでは奥さんの信頼回復を得るのは無理だと思ったのです。
僕が生き延びて行くために、今何を為すべきなのか? 真剣に考えました。そして、もうこれしかないと。
僕は床に転がっていた携帯電話をくわえて庭へと走りました。そして庭の手水鉢(ちょうずばち)にポチャリと。これでダンナの携帯電話は見事に破壊されました。これでダンナはもう二度と愛には電話もできないし、メールもできません。
「面白いわ。危機一髪、よくやってくれたわ」
奥さんが僕の勇気ある行動を見て、早速褒めてくれました。さらに僕に向かって言ってくれたのです。
「これで無罪放免にしましょ。これからも御飯上げるから、仲良くして行きましょうね」
僕は久し振りに奥さんの方にすり寄って、「クンクン」と思わず甘えてしまいました。
作品名:犬一匹物語 『危機一髪』 作家名:鮎風 遊