小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Aufzeichnung einer Reise02

INDEX|5ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

「何か文句でも?」
……どうにもこの青年からは嫌われているらしい。ミカゲは嘆息して直ぐに笑顔を作る。
「いえ、ただ少しだけ心当たりがあったもので。」
「!人喰いのシャドウを見た事があるのか?」
勢い良く振り向いたラインスにミカゲは確証はありませんが、と頷いて見せる。人喰いの現場は見ていないが、ルーナたちの村に居た時ミカゲが倒したシャドウは魚を捕食していた。つまりは―肉食。もともとのシャドウは物を食べない。生き物ではないからだ。なのに―
「肉食ならば人肉を食べてもおかしくない、でしょう?」
「…ますます信憑性が出てきたな……。」
不愉快そうにラインスは顔をしかめた。ミカゲも眉根を寄せて黙り込み、その場を沈黙が包みこむ。
歩いていると、ふと周りの風景が変わった。家が無くなり木々が増えていき、森の中のような場所に出る。
周りを観察しながら歩を進めていくと、突然開けた場所に出た。瞬間感じる四方からの殺気。
「…抜いても?」
剣の柄に手をかけミカゲが問うと、ラインスは前を向いたまま頷いた。そして声を張り上げる。
「何者だ!」
思わぬ事に、ラインスの問いには返答があった。…決して好意的なものではなかったが。
「王都の貴族さまが護衛も付けずに歩いてるって聞いたんでね。ちょっと挨拶に来ただけさ。」
人を食ったような笑みを浮かべて木々の隙間から出てきたのはまだ年若い青年だった。金の髪をざっくりと切り額にバンダナ、赤い瞳に殺気を込めて剣の柄に手をかける。その姿はどことなくミカゲと似た雰囲気を醸し出していた。
「何者だ。」
ミカゲが問う。青年は笑みを崩さないまま応える。
「あんたらに、いーい事教えてあげようと思ってね。」
青年は剣の柄からぱっと手を離し、腰に下がった短剣を抜き投擲する。あまりの速さにミカゲは剣も抜かずに護衛対象であるラインスの前に滑り込む事しか出来なかった。
しかし、短剣はミカゲの横を通り一直線に後ろへと飛んでいく。
「ガアァァァッ!!!」
短剣の刺さった音と共に悲鳴が響く。そして周りの木々が一斉にざわめき、黒い影と殺気が、遠ざかって行った。
「これでうっとおしい小型のシャドウどもは消えたな。……よし、これでゆっくり話ができる。」
青年は笑みを人懐っこい物に変え、ミカゲ達に近づいてきた。そして、ミカゲの目の前に手を突きだす。
「俺はクラング。偽名だけど。まぁよろしく、貴族さん。」
ミカゲは小さく退きラインスの横に並ぶ。ラインスは凄まじく機嫌の悪そうな顔でクラングと名乗った青年を睨んだ。
「…何の用だ。」
クラングは呆れたように目を眇める。
「命の恩人が名乗ってんだからよろしく、ぐらい返せよなー。ったくホントお貴族サマって感じで感じ悪いぞ?」
クラングの軽口にラインスの眉間のしわがますます深くなっていく。それを見てとったミカゲはあわててクラングの手を握った。
「宜しくな、クラング。俺はミカゲ。こっちの人はラインス…さんだ。…で?お前は何なんだ?」
ミカゲの方を向いたクラングは何やら言いかけて口をつぐむと、ミカゲを数秒見た後でもう一度口を開いた。
「あんたも貴族か?全然見えねぇけど。…てか寧ろ俺らに近い匂いがするけど。」
クラングの言葉にミカゲは何やら複雑な気持ちになった。ミカゲは貴族ではないのだから当たり前と言えばそうなのだが、見るからにお尋ね者と言った風合いの者と似ているといわれても嬉しくない。
「……いやまぁ貴族じゃないけどな。」
何とも言えないミカゲの言葉にクラングはにかっと笑った、
「やっぱりなー。うん、そんな匂いしねぇもん。」
うんうんと頷くクラングに、黙っていたラインスが口を開く。
「……何者だと聞いている。」
地を這うような声音にクラングはおおっ、とラインスを振り返った。
「機嫌悪いなー……っと、別に?大したもんじゃねぇよ。俺はただあんたらに忠告しに来ただけだ。こっから先には進むなってな。」
ミカゲとラインスがそろって不審な顔をした。クラングはけらけらと笑って言葉を続ける。
「あんたらが追ってる人喰いシャドウの噂はホントさ。確かにこの先にはそいつの巣もある。…けどな。」
言葉に真剣味が混ざる。
「変にそいつ刺激してもらっちゃぁ困るんだよ。…変に刺激して暴れられたらたまんねぇからな。」
クラングの言葉に嘘の響きは無かった。だがそれはつまり恐ろしい事実の確証を得ることになる。
ラインスは暫らく黙っていたがやがてゆっくりと口を開いた。
「お前の言葉が正しいという証拠がどこにある?それに普通はそんなシャドウが居れば、倒してほしいと思うものだろう。」
ラインスは呆れているようだった。それでもクラングの目は揺らがない。
「証拠なんざねぇ。だから、信じるかどうかはあんたらの勝手だよ。でも倒してほしくない理由はちゃんとある。倒せないんだよ、誰も。………あいつにはさ、攻撃が効かねぇんだ。」
「「は?」」
二人揃って呆けた顔で聞き返すとクラングは嫌そうに眉根を寄せた。イライラした様子で言葉を続ける。
「だから、攻撃が効かないんだよ。物理攻撃は手応えねぇし魔法攻撃は跳ね返される。そんなシャドウ、初めてだろ?」
クラングの瞳に影が落ちる。物理も魔法も効かないシャドウ。ならばどうやってダメージを与えればいいのか。悩むミカゲの横で、ラインスもまた視線を落とし、考え込んでいるようだった。
「…ま、そういう事だ。倒す方法が分からない内は、変に刺激しないでくれ。……被害に遭うのは辺境の奴らだからな。」
用は済んだ、とばかりに踵を返そうとするクラングの肩をミカゲが掴む。
「…お前、見てきたような言いかたしてっけど……そんな無敵のシャドウ相手にどうやって逃げてきたんだよ?」
「…確かにそれは俺も是非聞きたいものだな。」
畳みかけるようにラインスが言う。クラングは不愉快そうに二人に向き直った。
「…どうだって良いだろ。こっから先はプライベート…企業秘密だ。忠告しただけ有り難く思えよ。」
クラングは言い捨ててミカゲの手を振りほどく。すっとラインスの目が殺気を帯び、手が素早く剣に伸びた。その動作を鼻で笑ってクラングは今度こそミカゲ達に背を向けた。
「よく考えろよお貴族サマ。お前の勝手で人を殺しても良いってんなら…ま、何処にでも行けばいいさ。」
ひらりと手を振ってクラングは木の上まで大きく跳び上がった。身につけているコートがふわりと広がり次の瞬間、クラングの姿は消えていた。
「っ…貴様、待て……!」
ラインスが急に声をあげてクラングのいた場所に駆け寄った。手は依然として剣の柄に添えられたままだ。
「?どうしました?」
驚いたミカゲが目を見開いて聞くと、ラインスは悔しそうに舌打ちした。
「最後の一瞬、あいつの腕に錨の入れ墨が見えた。」
顔をゆがめるラインスを見てミカゲは自分の記憶を掘り起こす。
帝都で聞いた事がある。腕に入れ墨があるのは犯罪者の印で、それが斧だった場合は山賊の印。髑髏の場合は人殺しの印。そして錨の場合は…
「…海賊の、印―。」
ラインスはもう一度舌打ちをして剣の柄から手を離した。表情は未だ悔しそうだ。
「印があるほどの海賊を逃すなど、失態にも程がある。…くそ、もっとよく観察しておくべきだった…!」
作品名:Aufzeichnung einer Reise02 作家名:虎猫。