Aufzeichnung einer Reise02
レティは当然のように頷く。当たり前だと言わんばかりの態度にミカゲは思わず目を見開いた。
「お前が副長とか……。」
「何よ。実力なんだから仕方ないでしょ?文句でもあんの?」
相変わらずの尊大な態度にミカゲは視線をそらした。レティが副長。つまりは―
「…俺ギルド副長の身代わりかよ。」
信じられないという風に呟けばレティは満面の笑顔で肩をたたいてくる。
「だーいじょぶだって!アタシの勘は正しいもん!ってことでほら、行った行った!時間ないわよ!」
強引にレティから送り出され、ミカゲは仕方なしにアドリグ号のタラップを登った。
「……流石。貴族の船って感じだな……。」
呟いた瞬間、眼前に剣が突き出された。反射的に後ろへと飛び退りミカゲも剣を抜く。
「何だ、お前。」
答えは無い。剣が横殴りに払われ、とっさに身を屈めたミカゲの髪が数本宙を舞った。相手は本気だ。だが人間であるのは確かで、倒していい相手なのかは分からない。反撃しないミカゲに対し、襲撃者は殺気を伴った攻撃を仕掛けてくる。
ミカゲは足に力をためて飛び上がり、襲撃者の後ろへと着地。そのまま捕らえようと剣の柄を振り上げた。
しかし襲撃者は即座に反応し再び剣を振るって間合いを戻す。
「つ…ッ何者だ!」
脇に仕掛けられた鋭い突きを剣の腹で弾き飛ばしミカゲは怒鳴る。襲撃者は何も言わない。
代わりに首元へ切っ先が迫った。
「くそ……!」
上体をそらし切っ先を避け、そのまま地に手を着いて両足で襲撃者に蹴りを放つ。
「がっ……!」
確かな手ごたえと共に襲撃者の口から呻きが漏れた。畳みかけるように足を振りおろしよろめいた襲撃者の剣を弾き飛ばす。ミカゲ自身も剣を捨て襲撃者の懐へ飛び込むと、腕をつかみ押し倒してそのまま拘束する。
瞬間、ぱちぱちと拍手が響いた。
「素晴らしい。その強さなら合格だ。」
拍手と共に現れたのは恰幅のいい人の良さそうな老人だった。ミカゲは手を緩めることなく顔だけを老人に向ける。
「…貴方は?」
ミカゲの問うような目に老人は苦笑する。と、大人しかった襲撃犯が急に動き出した。
「お祖父様、俺に護衛など必要ありません!」
「へ?」
驚いたミカゲが拘束している人物を見下ろすと、刺すような視線と眼があった。よく見れば、襲撃犯は依頼書の写真に写っていた青年だった。驚いて一瞬力を抜くと青年はミカゲを跳ねのけ立ちあがった。
茫然としているミカゲに向かって老人が小さく頭を下げる。
「試すような真似をしてすまないね。…手荒なまねを許してくれ。」
ミカゲは訳が分からないままに頷く。すると依頼主の青年がミカゲの方を睨み、老人に向き直った。
「私は一人十分です。他人に守ってもらう必要など…!」
「静かにしなさい。」
老人の一言で青年はぐっと押し黙った。その代わりに、痛いほどの視線をミカゲに向ける。
「すまないが付いてきてもらえるかい?続きは中で話そう。」
老人の言葉でミカゲと老人と青年の三人は船内へと向かう。青年は相変わらず黙ったまま、眉間のしわを崩さずミカゲを睨みつける。
流石としか言いようのない立派な船室に入り、それぞれが腰を下ろしたところで青年はようやく口を開いた。
「なぜ、ギルドの者など雇ったのですか。…私の剣の腕は、そこまで信用なりませんか。」
老人はゆっくりと首を振った。
どうやらギルドに護衛したのは青年ではなく老人の方らしい。それも勝手になされたことのようで青年は納得していない。そして依頼した理由が青年の力不足だと言われた、もしくは思っている、というところだろうか。
どちらにせよミカゲにしてみれば面倒な事に巻き込まれた、以外の何物でもなかった。
「そういう意味ではない。昨今、大陸の治安はお世辞にも良いとは言えん。…その状況で可愛い孫を……スラムに送り出そうというのだ。少しでも安全にと思っただけだ。」
老人はミカゲに向き直った。
「すまないね、ギルドの方。この通り孫は少しばかり頑固でな。自分より弱い者は要らんと言って腕試しのような真似をしてしまった。……にしても貴方は強いのだな。孫もそれなりに強いと思っていたのだが…。」
ミカゲは心の中だけで嘆息し、老人に向かってにっこりと笑った。
「ありがとうございます。ですがギリギリでしたし…お孫さんも相当にお強いと思いますよ。」
ミカゲの言葉で老人は嬉しそうに笑った。親ばかだなーという思いは胸の中だけにしまいこむ。
「それで…俺は何をしたらいいでしょうか?依頼内容はスラムの視察とありましたが、その程度ならお孫さんの腕なら護衛など必要ないかと……。」
ミカゲが言葉を切ると老人は少しだけ笑みを崩した。青年の方は驚いた顔でミカゲを見ている。その様子でミカゲは確信する。
「本当の依頼内容はなんです?」
老人は諦めたように首を振り苦笑した。ミカゲは表情を崩さない。
「…貴方は腕だけでなく勘も鋭いようだね。…貴方の言うとおりスラムの視察は本当の依頼内容ではない。本当の依頼は……」
言葉を濁す老人に代わり、青年が口を開く。
「俺の役目はシャドウの調査だ。」
なるほど。ミカゲは納得し視線を落とした。レティから聞いた話が王都まで広まっているとすれば、誰かが真相を突き止めるしかない。シャドウを操る者に、そのなれの果ての人喰いシャドウ。王都の貴族にしてみれば放っておけない事だろう。…だとしても。
「なぜ依頼内容を偽ったのです?最初からそれを告げていればギルドも腕の立つ者を派遣したでしょうに。」
呆れたようにミカゲが言うと老人はきょとんとした顔でミカゲを見た。
「市民に不確定で不安な噂を流したくなかったのでな。…しかし、君はギルドの副長だろう?この依頼は副長より上の者を指定した。ギルドは実力主義だからな。副長ならば大丈夫だと思ったのだが……。」
やってしまった。ミカゲは心の中で叫んだ。今の自分がギルドの副長―レティの身代わりなのを完璧に忘れていた。誤魔化すようにはは、と苦笑する。
「俺としては自分の腕に自信は無いので……まぁそういうことでしたら精一杯やらせていただきますが。」
苦しい笑いを遮るように青年が声を上げた。
「ですからお祖父様…!」
老人は青年の目を見て首を振った。
「お前はこの方に負けただろう?自分の言葉に責任を持ちなさいと、私は教えてきたはずだよ。」
青年は悔しそうに黙りこんだ。
「……まぁあれだ、俺で役に立つかは分かりませんが、よろしくお願いします……えーと…。」
ミカゲが半ば投げやりに手を差し出すと青年は暫らくその手を睨みつけていた。が、老人がにっこりと笑って名前を呼ぶと、諦めたように握手を返してきた。
「…ラインスだ。………………………よろしく頼む。」
不承不承と紡がれた言葉にミカゲは小さく笑って頷いた。
「ミカゲです。よろしく。」
☆ ☆ ☆
「具体的に、シャドウの調査って何をするんです?」
なかなか打ち解けてくれないラインスと二人、ミカゲは街端を歩いていた。ラインスはミカゲを一瞥して淡々と答える。
「調査の内容によるが今回は噂を元に絞り込まれた巣に向かう。…人喰いの噂の真相を確かめにな。」
「へぇ…人喰いの、ねぇ…。」
何やら考え込んだミカゲに、ラインスは眉根を寄せて振り返った。
作品名:Aufzeichnung einer Reise02 作家名:虎猫。