Aufzeichnung einer Reise02
少女には聞こえないように呟いてミカゲは頭を抱えた。何て面倒臭いことに巻き込まれてしまったのだろうか。ミカゲが村を出るときに思い描いた自由気ままな旅路とは確実に変わっていってしまっている現状に、頭を抱える事しか出来なかった。
少女の頼みは、ギルドから下った、貿易会社社長の警備命令を代わりに遂行して欲しいというものだった。そんな任務を一人で任されるという事はそれなりに腕が立ち、尚且つ上層部からの信頼の証拠であるというにも関わらず少女はその任務が嫌だという。
理由は二つ。
一つは警備の任務が好きではないから。本人曰く「アタシ討伐任務のが好きだもん。」らしい。
それだけの理由ならミカゲはにべもなく断っていたが二つ目の理由でどうにもそう出来なくなってしまった。
その二つ目の理由というのが「ギルドを、辞めたい。」だった。少女は幼い時にこのギルドのギルドマスターに拾われ、以後組員として過ごしてきた。だが彼女を拾ってくれたマスターとは人としていまいち気が合わないらしく少女は逃げる決心をした。…矢先に警備の命令が下りずっと身代わりを探していたのだという。ずっとと言っても命令されたのは今日なのだが。
少女の計画としてはミカゲが代わりに任務に言っている間に逃げる!というものだった。
因みに普通に辞めるという選択肢は無いらしい。
「はぁ……何だよ護衛任務って。言っとくが俺は人守って闘えるほど強くねぇぞ。」
ミカゲの言葉に少女はぱあっと顔を輝かせた。
「大丈夫!アタシ自分の直感信じてるから!」
「なんつー適当な…。」
少女は嬉しそうに笑って手を差し出す。
「レティよ!よろしくね!」
「……面倒くせー…。」
ぶんぶんと振られる手を見てミカゲはまたもや大きくため息をつく。レティと名乗る少女は暫らく満足そうにミカゲを見た後、くるりと踵を返した。
「ちょっと待ってて。」
楽しそうに言ってレティは部屋を出ていく。一人残されたミカゲは少女の姿が消えると同時に椅子に崩れ落ちた。
「…何で俺引き受けっちゃたかな。思いっきり面倒臭そうじゃん……。」
ぼやきながら立ち上がり部屋の隅の机に置いてあるカップに手をかざす。
「ウェルツカイング……アーク。」
遠視の魔法を唱えると水面がにわかに波立ち水に色が付く。水面にぼんやりと人型が映り始めたところでレティが勢いよく戻ってきた。その手には紺色の布と数枚の紙が握られている。
「ただいまー!あれ?何して…ってあんた魔法使えんの!?」
ドアを開け放ったままレティはミカゲの手元を凝視している。ミカゲは、は?と首をひねった。
「何言ってんだ。こんなの魔法に入んねぇだろ。誰でも使える。」
ミカゲの使った遠視の魔法は魔法のうちでも初歩の初歩に入る魔法であり魔力が殆どなくても誰でも使う事が出来る。また、迷子の子供を探す事などにも役立つため、広く一般にも知られている魔法だった。もっとも、魔力の強さによって、向こうの音まで聞こえるか、映したものと話す事が出来るか、など色々と変わってはくるのだが。
「ふーん。アタシ使えないけどね。」
興味のなさそうなレティの物言いにミカゲは一人で納得した。
「あぁ。そんな感じするな、お前。」
「どうゆう意味よ!…ってあれ?ここスチヘルの宿屋じゃない。」
ミカゲの手元のカップにはいつの間にかアークの姿が映っていた。何処かに座っていて、ルーナの姿は見えない。気の所為か、アークの機嫌はあまりよろしくないようだ。
「スチヘルってどこだ?」
「メルティアストリートの大きな宿屋よ。安いのにご飯がおいしくて有名なのよね。」
メルティアストリートと言われてもよそ者のミカゲにはさっぱり分からない。ミカゲが難しい顔をしているとレティが笑って口を開いた。
「ま、メルティアストリートの入口までは送ってあげるわ。感謝しなさい。」
ミカゲの目が半眼になる。
「誰の所為ではぐれたと思ってんだ。」
「え?なんて?」
「お前今すぐ絞めて良いか。」
「わー、女の子に向かって最悪ー。」
「その棒読みがさらに腹立つ。」
不毛な言い合いを繰り広げてミカゲは大きく嘆息した。埒が明かないとばかりに首を振って話題を変える。
「…で?お前の持ってきたのは何だよ?」
待ってましたとばかりにレティの目がきらりと輝いた。…気がする。
「ふっふーん。どうよこれ?」
レティが得意げに掲げて見せたのは自身が纏うものと全く同じデザインの服だった。彼女のものより大きいが、ギルドの制服であることは間違いない。
「……え。」
「え。じゃないわよ。どう?格好いいでしょ?」
得意げな笑顔にミカゲとしては何も言えない思いだった。もしかして、と考える。
「もしかして…いやもしかしなくてもそれは俺が着るのか。」
ミカゲの顔には思いっきり嫌だと書いてあった。そんなことは意にも介さずレティは当然、と頷く。
「あんた以外に誰が着るのよ。…で、はい。こっちは依頼主の資料。依頼は明後日。集合場所は第二港に停泊中のアドリグ号。内容は視察でスラム街を回る王都の貴族の護衛よ。」
レティはテキパキと作業を進めていく。ミカゲとしてはこの調子で仕事もこなせばいいのに、という思いでいっぱいである。
「うわ。王都の貴族とか一番関わりたくない面倒臭い…って、お?随分若い依頼主なんだな。これまだ20代だろ?」
なんやかんやと言いながらもレティの後ろから覗いた資料に貼ってあったのは依頼主の写真だった。銀髪と透き通るような蒼い目が近寄り難さを感じさせる写真。ミカゲの見立て通り、どうやっても、よくて24,5歳程度にしか見えない。下手をすれば大人びた10代と言っても通りそうだ。
「そうね。まだ21だから…依頼主としてはすっごく若いわ。…まぁこのごろはあんまり珍しくも無くなったけど。」
「この頃は…って、何か事件でもあったのか?それともそういう風習でも?」
ミカゲの言葉にレティは驚いた顔で勢いよく顔を上げた。
「あんた、知らないの!?この頃は至る所でシャドウを操るやつらが現れて、皆びくびくしてるのに!」
今度はレティの言葉にミカゲが驚く番だった。シャドウは正体不明の影の化け物で、大陸に生きるすべての生き物の敵。であるはずだ。そのシャドウを操る事が出来るなんて…そんなことがあり得るのだろうか。
しかしそれが事実だとしたら、それは皆に恐怖を与えるには十分すぎる事実だ。シャドウは決して生き物の持ちえない力を持ち、あるものは知能すら持ち、生きているものを襲う、最悪の化け物なのだから。
「そんなこと、あり得るのか…?」
茫然としたミカゲに対しレティの表情は真剣そのものだ。レティは無言で頷く。
「しかも、それだけじゃない。この頃は、そのシャドウを操るやつらが堕ちて、人喰いの……シャドウになるって噂まで流れてんのよ。…まぁ、こっちはまだ確証は無いんだけどね。」
「人がシャドウになる?そんな事……。」
考え込んだミカゲの額にレティの拳が飛んできた。がんっと言い音がしてミカゲが仰け反る。
「いっっっっ…て!!」
睨まれるのも気にせずレティは呆れたように舌を出した。
「確証はないって言ってんのにぐちぐち考えたりするからよ。とりあえず!あんたは何も考えないでこの任務に行ってくれればいーの!分かった?」
作品名:Aufzeichnung einer Reise02 作家名:虎猫。