Aufzeichnung einer Reise01
声をかけるが返事はない。仕方なく近づき倒れている人をつま先でつつく。…つま先でもなんとなく許されそうな気がしてしまったのだ。
「生きてるか?おーい?」
どうやら倒れているのは少女らしい。外見だけで見るとルーナと同じくらいに見える。とはいえルーナは幼く見えるらしいのでこの少女はルーナより年下だろうか。
しゃがみこんでぺちぺちと頬をたたくが少女は目を覚まさない。仕方なくべしっと容赦無く叩いてみた。
「う……」
少女がうっすらと眼をあけた。お、とミカゲはさらに少女の頬をつつく。
「だ…、れ…」
呟いて再び気を失ってしまう。どうやら相当弱っているらしい。ミカゲは仕方なく少女を担ぐと、もと来た道を戻り始める。
何事もなく入り口まで戻ったミカゲは暫らく考え込んだ。
「放りだす訳にもいかないし…さて、どうしたもんかな。」
のんびりと考えていると遠くのほうで大きな咆哮が響いた。オオカミに似ているものの何かが異なる咆哮。そんな声を上げるのはシャドウしかいない。
「ちっタイミング悪ぃな!」
ミカゲは急いで川を越えた林の木陰に少女を下ろすと地図と干し魚を傍に置く。これで目覚めても自分の村まで帰れるだろう。このあたりはミカゲの目標のシャドウ以外はめったに出ないということなのできっと無事に帰れるはずだ。…薄情なんてことはない。きっとない。
「っと、さて、いくか!」
川に沿って駆けていくと直ぐにシャドウの姿が見つかった。ミカゲのほうに背を向けて、何かしている。
「……っ魚喰ってんのか!?」
シャドウが他の動物を捕食するという話は聞いた事がない。だが実際、目の前のシャドウは川に顔を突っ込み魚を捕食している。もしかしたら人間すらも捕食するのかもしれない。あの少女は危なかったのではないか。ミカゲの背を冷汗が伝う。
「やっぱでかいな…。」
姿は大きな狼のようだった。四足をついた状態で、決して小さいわけではないミカゲの腰ほどまである。凄まじい力を誇るシャドウがここまで大きいと、人間はどうすればいいのだろう。
ミカゲが逡巡していると突然シャドウが咆哮をあげた。思わず身をすくませる。
そしてシャドウはゆっくりとミカゲのほうを振り返る。
「っ!!」
紅い目が見えた瞬間ミカゲは本能的に飛び退った。その場所をシャドウの巨体が通り抜ける。ミカゲは急いで剣を抜き、一瞬だけ後ろ姿を見せたシャドウに斬りかかる。手応えはあった。通常のシャドウなら足の一本も切れていたはずの攻撃は、しかしこのシャドウには大して効いていない。
「嘘だろおい…。」
信じられないと目を見開く。シャドウは容赦なく飛びかかってきた。ミカゲは一瞬考え、直ぐに結論を出す。
「…やってみるか。」
飛びかかってくるシャドウの前足を屈みこんで避け、牙が届く前に前足の間から剣を突き出す。
シャドウ自身の体重と勢い、そしてミカゲの力が合わさってシャドウの喉元に剣が深く突き刺さった。
ミカゲはそのまま剣を振りぬく。
あっけなく切断された頭部はごろごろと転がり胴体部分は力なく地面に落ちた。
再生されてはかなわないと急いで頭部にとどめを刺すと気配を感じて振り返りつつ後ろへと飛ぶ。
胴体部分は感覚だけで腕をふるっている。腕が頬を掠めて頬が裂ける。
「再生が早いっつの!」
ぱっと頬をぬぐうとミカゲは胴の横側めがけて走る。どういう理屈か目のなくなったはずのシャドウは、正確にミカゲの位置をとらえていた。
飛んできた前足を剣で防いで手のひらを返して先端を切り離す。相手が手ごわい以上、少しずつとどめを刺していくほかないだろう。
短くなった前足ではなく後ろ脚に狙いを絞る。走り出し剣を突き立てようとしたところで視界の端に何かが映った。きづいた時にはミカゲは木に叩きつけられていた。
「が、はっ」
咳と共に血が落ちる。かすんだ視界に映る、ミカゲを跳ね飛ばしたもの。シャドウがその名の通り影の化け物で、全身が黒いせいで失念していたもの。それは尻尾だった。普通の狼には尻尾だけで人間を跳ね飛ばす力などない。だがシャドウの力があればそれは可能になる。
「くそっ、嫌なもん振り回しやがって…」
視界が回復すると同時にミカゲは再び走り出す。
尻尾を避けながら胴に向かって突進し後ろ脚を突きさす。だが刺さりは甘く直ぐにシャドウは逃げ、ついでとばかりにミカゲに向かって尻尾をたたきつける。
剣で防ぐも衝撃までは防ぎきれずミカゲは後ろに押し切られる形になった。
「ちっ!」
舌打ちをし、シャドウの方へ走ろうとしてミカゲは動きを止める。今のシャドウは気配だけでミカゲを追い駆けている。そのために障害になるものは破壊しながら走っているが、いくらシャドウでも岩すらも砕けるわけではない。
ミカゲの右手側には、大きな岩棚があった。
ミカゲは迷わず岩棚めがけて走り出す。後ろでシャドウが距離を詰めてくるのが分かる。
目の前の岩棚に剣を突き立てるとそれを支柱に一段高いところまで飛びあがる。飛び上がって剣を構えなおした直後、シャドウが勢いよく一段下の岩壁に衝突した。ミカゲは間をおかず、切っ先を下にシャドウの上へと飛び降りた。
「ガァァァァァァッッ!!!!」
シャドウが咆哮する。
「うおぉぉぉぉっ!!!!」
ミカゲは声をあげてシャドウの胴体を切断した。そのまま半分にとどめを刺し宙に舞った半分を切り捨てる。
さぁぁぁぁぁー…という音と共にシャドウの体が消えていく。シャドウが居た場所には小さなペンダントだけが残った。
いつの間にか陽は沈み、月が昇ろうとしていた。ミカゲは今日一番のため息をつくと、木に寄りかかり座りこむ。
暫らく気が抜けたようにぼーっとした後ペンダントを拾いトップをあけてみる。中には家族の写真が入っていた。中心に居るのはとても強そうで、優しそうな男だった。ミカゲは黙ってペンダントをしまうと下流へ向かって歩き出す。
泣きそうで、焦って、心配して。そんな人たちのいる村へ向かって。
村へもどったミカゲを迎えたのは村びとたちの歓声と安堵と心配と、予想通り涙のルーナと焦りまくったアークだった。村のみんなに囲まれているミカゲの目にふと真っ蒼な顔で立ちつくしているルーナの母親の姿が映る。
人の輪をするりとぬけだしてミカゲはそっちに歩いていく。それに気付いたルーナの母親は家の中へとはいってしまった。扉があいているという事はついて来いということだろうか。
少し足を速めるとルーナとアークが黙ってついてきた。ミカゲは何も言わずに少し笑う。
家の中では泣きそうなルーナの母親が待っていた。
「約束通りシャドウを倒してきましたよ。」
証拠はない。だがルーナの母親は証拠を見せろとは言わなかった。ただ泣きそうに真っ蒼な顔で立ちつくしている。
「……俺なら大丈夫です。俺は生きてますから……大丈夫ですよ。」
安心させるように笑うとルーナの母親は糸が切れたように泣き出してしまった。ルーナが慌てて傍による。
「お母さん、ほらミカゲは帰ってきたじゃない。大丈夫だよ。もう大丈夫、ね。」
ミカゲはルーナの母親の近くまで歩いて行くとポケットから何かを取り出した。それをルーナの母親の手に落とし優しく笑う。
「とても強い旦那さんだったんですね。」
作品名:Aufzeichnung einer Reise01 作家名:虎猫。