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エイユウの話 ~夏~

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「・・・次言ったら殴るわよ」
「そりゃ怖ぇな。俺の首が吹っ飛んじまう」
「なんでそんな馬鹿力なのよ!」
「非力なら非力で怖くねぇよ」
 最後までラジィのほうを一度も見ずに問答した上、最後にべぇっと舌まで出す。ラジィが本気で怒っているのに、キサカはふざけているようにすら見えた。そんな態度のキサカに、ラジィはあきれ、いらだちを覚える。わなわなと震えながら、彼女は深呼吸をした。
「・・・あんたの中で、あたしって何よ」
「世話焼きババア」
「また言ったわね!」
 ラジィの必殺パンチが勢いよく空振りする。そんな下らないやり取りをキースとアウリーは、笑いながら見ていた。ふとアウリーは自分に合わせて歩いてくれているキースに目をやる。自分と同じように笑っている彼は、しかし何故だか切なそうで、アウリーは彼の気持ちを再認識してしまった。
 このメンバーの中でキースの思いに気付いていないのは想い人であるラジィだけで、恋愛に疎いはずのキサカはもちろん、彼の片思い中のアウリーも既知のことだった。それだけに、アウリーはラジィの遣ってくれる「気」に、とても重く切ない感情を抱いている。
 アウリーは見てはいけないものを見たかのように、あわてて視線をそらした。しかし前を向いて二人のやり取りを見るのも少し息苦しく、彼女は結局うつむかざるを得なくなる。そしてうつむいたまま、自分の足だけに注目して歩いた。逃げていることを、嫌でも自覚する歩き方だ。そんなことを考えていくと、気持ちはどんどん落ちていく。
「・・・リー?アウリー?」
 何度も呼んでいたらしい声にやっと反応すると、彼女は慌てて顔を上げた。うつむいていることが心配させている行為だと言うことは、重々承知している。いつの間にか足まで止まっていた。これでは心配されるのも納得がいく。けれども勢いよく顔を上げたのは失敗だった。
作品名:エイユウの話 ~夏~ 作家名:神田 諷