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エイユウの話 ~夏~

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「来ねぇな」
 授業に出ていたキサカは、ぼそりと呟いた。隣にいるアウリーに聞こえるように、しかし独り言とも取れるような呟きだった。
 応答が無いことの気付いたキサカは、ちらりとアウリーを見る。彼女はただ闇雲に黒板に書かれていることから先生の雑談まで、事細かにノートに写していた。もう四、五枚のルーズリーフが、彼女の綺麗な字で埋めつくされている。
 彼女はキサカが見ていることに気付いているのかどうか解らないが、少なくとも応対するそぶりは見せずに、ただただ前を向いていた。キースとラジィの帰りが遅いことが気になるのだろうが、それを考えないために、授業にのめり込んでいるのが、一目でわかる。
 基本的に授業を受ける気の無いキサカが、ひじをついたとき、教室の扉が開いた。
「すいません、忘れ物をして遅れました」
 そういって現れたラジィの目はひどく赤く、授業をしていた準導師に心配をかけていた。保健室に行くことを進められたが、ラジィはそれを頑なに拒否し、階段を上がってアウリーの隣に座る。
 そこで初めて、アウリーが口を開いた。
「何かあったんですか?」
「大丈夫。後で話すから」
「キース君は一緒じゃないんですか?」
 アウリーの柔らかい言い方と優しい声に、ラジィはただ頷いた。何の説明が無くとも、キサカもアウリーも、二人の間に何かあったことを察する。
 アウリーはそれ以上、ラジィに何も聞かなかった。授業の前半の説明と、その間に取ったノートを渡したくらいで、話しかけることもしない。キサカとしては、キースと何があったのかが気になるのだが、ここはアウリーに任せることにした。
作品名:エイユウの話 ~夏~ 作家名:神田 諷