エイユウの話 ~夏~
「あの噂、やっぱり本当だったんだ・・・。もう、流の導師様を好きでいちゃいけなくなっちゃった・・・」
―――気付かねぇほうが奇跡じゃねぇか!
キースの頭の中に、キサカの言葉が浮かんだ。本当だった。気付かないなんて、所詮ゼロの確率。期待したこと事態が、間違いだったんだ。キースはその頭の中でそう自分を責め続けた。
片隅でそんなことを考えながら、彼女をフォローする言葉を入れる。
「でも、もしかしたら見間違いかもしれないじゃないか!」
それを受けて、ラジィがピタリと泣きやんだ。ホッとするキースをよそに、彼女は涙を拭うために下げた頭を再び持ち上げる。その目には、疑惑の色が濃く宿っていた。雲の流れが瞳にうつり、彼女の気持ちを具体的に見せている。
「もしかして・・・知ってたの?」
知らなければ、途中から見たキースが解るわけがなかった。付き合っているという情報と赤い指輪だけで、ラジィが抱くのと同じ推測を立てるのは難しいことは、あの二人の人格を知っていればすぐ解る。流の導師は恋愛に無関心に見えるし、保険医はおっちょこちょいな女性だ。きっとラジィが次に言う言葉の推測がたったことぐらい、簡単にわかる。それでも彼女を連れだしたのだ。それは知ってるとは言っているのと同じだった。
しかし、キースは肯定できなかった。キースは逃げるように視線をそらそうとするが、たったそれだけの事ができない。泣きそうな瞳で、申し訳なさそうな顔で、ただただ彼女を見つめている。彼女はその動作を肯定と受け取った。後ろにゆっくりと下がると、今度は裏切られたような目で見てくる。
作品名:エイユウの話 ~夏~ 作家名:神田 諷