エイユウの話 ~夏~
「ったく、過保護なやつだな。たかが教科書取りに行くぐらいで」
「前の教室に戻るにしても部室にしても、次の教室までの通路に保健室がありますから」
はきはきと、力強く彼女はキースの言葉に注釈をつける。今にも泣きそうな顔の彼女は、力強く言うことで、自分自身を戒めているようだった。
健気な少女の取り扱いに困ったキサカは、頭をがりがりと掻く。逆立った髪の毛の中に指を突っ込んだまま、彼はアウリーに尋ねた。
「俺らも行くか?」
「いえ、二人は先に行ってと言ったので」
そういって、彼女はくるりと向きを変えた。驚くほど小さな大股で、彼女はそのまますたすたと気丈に歩き出す。尋ねたままの格好で、彼は彼女の小さな背中を見た。泣かれるのも困るが、こういうときには泣いてくれた方が、キサカには理解しやすいのだが。もう一度頭をがりがりと掻いたキサカは、そんな風に思いながら彼女の小さな歩幅に合わせて、後ろからゆっくりと歩きだした。
作品名:エイユウの話 ~夏~ 作家名:神田 諷