エイユウの話 ~夏~
そこで運命が回り始めた・1
「失礼します」
ノックをしてそう尋ねてから、彼女は職員室の扉を開けた。職員室は六名しかいない導師専用の部屋なのに、偉い人の部屋だからと無駄に広くて、なんだかがらんと寂しい空間だ。しかも今は、授業中およびサートンの真っ只中で人はおらず、なおさら余っていた。ちなみに準導師の部屋もそこそこ広く、そこは「教員室」と呼ばれている。
父親を見つけた彼女は、さっさとその席に向かう。明日行われる授業の内容を洗い直している父の、娘と同じ橙色はとても見つけやすいのだ。彼女に気付いた心(しん)の導師は、話しかける前に向きを変えた。アウリーが目の前に立つと、父は心配そうに笑う。
「大丈夫かい?アウレリア」
いきなりそう言われたことに彼女は驚く。きっと流(りゅう)の導師から聞いたのだろう。怪我もなければ体調も問題ないことを告げてから、本題を聞き出す。
「あの、一体何の用ですか」
ちなみにアウリーの敬語は、幼い頃に父親の周りの人の言葉遣いから聞いて学んだために付いた、小さい頃からの癖のようなものだ。時たま出る普通の言葉遣いは、周りの人に応じて勝手に覚えたり発しているもので、不慣れだった。そのため、彼女は導師の前で畏まっているわけではなく、父の前で気を抜いている証拠として敬語なのである。それがいいか悪いかは別として。
おずおずとした娘の質問に、心配ないというように心の導師は笑って見せる。
「お前が心の魔術で見たという光景を、ぜひとも聞きたいと思っていてね」
「私の見た・・・光景を?」
彼女の見た光景は、目の前の人物からそんなものはあり得ないと言われ続け、今の自分の心の欠陥と言う称号でさえも、そのせいで付けられたも同然のものだった。そう、アウリーの実力を否定したのは、他ならない今目の前に座るその人だ。それを今更何だと言うのか。
作品名:エイユウの話 ~夏~ 作家名:神田 諷