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エイユウの話 ~夏~

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 キースの予備知識を聞いて、キサカは事の重大さを初めて知る。セカンドネームもばれているようだが、苗字は長く、二人がそろうような場所で「導師様」では多すぎるため、最も短い部分の名前で呼ぶと言うのはぎりぎり理屈が通る。ちなみに、短くとも妙齢の男女が公然で愛称を呼ぶと言うことは、恋愛関係にあることを発表するに近いものがあるので、あまり好ましくない。キースたちも、準法師になれば愛称では呼び合わなくなるだろう。社会人のたしなみというやつだ。
「結婚すればいいのにな」
 彼らの世界では、離婚と言うものがほとんど無い。そのため、どんなに好きな相手だろうと、結婚した相手に離婚しろと言うのは、好きな人に「顔に泥を塗れ」と言っているのも同然で、とんだ恥知らずな行為とされる。しかし、彼らと言うのはキース達アルディの事を指し、ジャームの世界ではあきれるほど、離婚は日常的に起こっていた。それはひそかに、アルディがジャームを見下す原因ともなっている。
 呟き自体は事態の把握が面倒になったキサカのものだが、その気持ちはキースのほうがずっと強いはずである。しかし何も言わずに、彼はただただ「薬草大全」をじっと見つめていた。ガラスに鮮やかな青空が映っていて、彼の位置からも棚の中身まで見えているのかはわからない。
 そんな彼を見たアウリーが、いきなり動きを止めた。そしてポトリと疑問を落とす。
「ラジィは・・・このことを知っているんですかね?」
 彼女の疑問に飛沫のように二人が反応した。知っているならばともかく、知らなかった場合、彼女はひどく傷つけられるだろう。アレだけ心酔していれば、信じない可能性も考えられるけれど、しかしそれはあくまで希望的観測というものだ。泡よりも儚い希望だろう。
 長い沈黙の後、キースが口を開いた。
「噂自体は・・・知っていると思う。ただ、確証がないから・・・」
「確証が無いとどうなんだよ?」
 次の言葉に我慢できずに、キサカが急かす。キースはごくりと唾を飲んでから、真剣な顔でしっかりと組んだ自分の指を見た。視線を上げずに、妙に落ち着いた声で告げる。
作品名:エイユウの話 ~夏~ 作家名:神田 諷