エイユウの話 ~夏~
「彼女は、ゼロの確率に賭けている可能性がある」
二人はキースを見たまま固まってしまった。声すら出て来ない。
キースの言った、ゼロの確率。つまりは、あり得ない希望にすがっていると言うわけだ。要はキサカやアウリーも懸念していた、希望的観測のことである。もしその希望が無いことがわかったら、彼女はどうなってしまうのだろうか?それを考えると、キースは恐ろしくなった。
「・・・頼みがある」
キースの震える声に、二人は何も言わずにキースを見る。声だけでなく、肩も目に見えるほどに震えていた。まるで、自分に命の危機が迫っているかのようだ。そこまで、彼はラジィを思っているのである。据わったままの目で、口だけを動かした。
「このことは、ラジィには黙っていて欲しい」
キースのあまりにも自分勝手な願いに、アウリーはすぐ納得してくれた。いや、キースに嫌われるのが怖くて、うなずくことしかできなかった、というのが事実だろう。好感度を上げたい気持ちもあった。恋情というのは、時に人を打算的にするものだ。
しかしキサカはあきれはてて責めたてた。
「俺たちが知っちまったことはしょうがねぇし、この場にあいつがいないのもしょうがねぇ。けどな、周知の真実を隠され続ける気持ちを考えろよ!」
理解しがたい、憤った感情をただただぶつけたともいえる。思わずキースも怒鳴り返した。
「でも知らなくていいかもしれないじゃないか!」
「知ったときはどうするんだ!こんなに近くにいて、あんなに夢中で見続けてて!気付かねぇほうが奇跡じゃねぇか!」
感情の高まったキサカが、何も考えずにカーテンの柱をたたきつける。ガシャンと大きな音がして、思わずアウリーは恐怖に身をすくめた。思わずキースも勢いよく席を立つ。パイプ椅子が音を立てて倒れたが、彼はそれを直さず真正面からキサカの目を捉えた。
作品名:エイユウの話 ~夏~ 作家名:神田 諷